僕の秘密
イオリは、僕たちの降りる駅の次の駅らしいので、ここで別れる。
ヒマワリとのんびり歩きながら帰る。
「いやー、今日は楽しかったね!」
「そうだね。イオリとも仲良くなれたし」
「うん! 友達が増えるのはいいことだよ!」
月明かりがヒマワリを照らす。オレンジ色の髪が月明かりに反射して、小さな輝きを放っている気がする。
儚くて愛おしい。そんな感情が僕の心を独占する。
イオリにヒマワリのことが好きだったのか聞いたのは、僕の心が彼女を独占したがっているからだ。
もう、答えは出ているのに、本人に伝えていいのか迷う。
なぜ迷うのか、まだヒマワリのことを全然知らないせいか、出会ってから2ヶ月しか経っていないせいか、それとも断られるのが怖いせいか。
きっと全部だ。
別に焦らなくていいはずなのに、真っ暗な世界の中で月明かりに照らされた一本だけ咲くヒマワリのような儚さを醸し出す彼女の雰囲気が、僕の心を急かしている。
「ねえ、アキラが好きなバンド送ってよ!聴きたい!」
「いいよ。あとで送るよ」
「ありがと!」
僕の気持ちを知らない彼女は、
でも、それがまた心地がいいのは、なぜなのか。
それは、きっと、君が隣で僕を見てくれているからだ。
「ヒマワリ、明日はどこに行きたい?」
「ん〜、そうだな……。花畑に行きたいけど……嫌かな?」
ああ、噂のことか。気にしないでいいのに。僕はなるべく彼女が安心できるように笑う。
「全然嫌じゃないよ。むしろ最近花が好きになってきたんだ」
ヒマワリのおかげでね。
僕が肯定すると、彼女はホッとしたあとで、とびきりの笑顔を見せてくれる。
「本当に!? それは嬉しい!」
「はは、なんでヒマワリが喜ぶのさ」
「えー、だって、うちの名前も花の名前じゃん? だからさ、花が好きな人がいてくれると嬉しいんだよね〜!」
花の神様みたいなことを言うな、この花の子は。本当に、花の神様の子供なんじゃないかって思ってしまうくらい、彼女は花が大好きだ。
花のよくない噂が出回ってるから、花好きが減ってるのかもしれない。母の日に送ることが恒例の赤いカーネーションも、今ではチョコレートに変わったくらいだ。
だから、花好きがいてくれると喜ぶのだろう。
「そっか、それはよかったよ。じゃあ、花の妖精さんは何が見たいのかな?」
「ふふ、なにそれ〜。でも可愛いくていいかも! えっとね〜、紫陽花が見たい! 今が見頃だし!」
「紫陽花か……了解、場所調べてみるよ」
「おー、ありがと! あ、でもその前にメガネ、買わないとね!」
「確かに……最初にそっちに行っていいかな?」
「オーケー! ねえ、ついでに服も買おうよ! 真っ黒も似合うけど、たまには気分転換しよ!」
それは正直ありがたい。これも去年に買って、サイズが合わなくなってきた頃だし。
「助かるよ。私服、そろそろ買い換えようと思ってたんだ。去年から3cmくらい背も伸びたから。」
「本当にー!? いいじゃーん! 何着か買って、そのまま紫陽花見に行こ!」
「うん、そうしよう」
「へへ、決まり! 何着ていこうかな〜!」
彼女の笑顔に、僕も釣られて笑う。
ただの雑談が、こんなにも楽しいのは、彼女が隣にいてくれるからだ。
夏のお日様をたくさん浴びたヒマワリのように笑う彼女。
写真には残らない、夏が来る前の高い湿度と少し上がる温度、花の香りと笑い声。
その全てを、海馬で保存したい。ことあるごとに大脳皮質に保存された記憶を思い出すのかなとか、考える。
「……」
「ん? どったの?」
少し、いや結構気持ち悪い妄想をして、罪悪感が出てきた……。
「ごめん、ヒマワリ」
「え、なんで?」
「ううん、なんでもない」
「えー、なんでよー!」
「秘密だよ。ほら、置いてくよ」
「あ、まってよー! アキー!」
家の途中まで走って帰る。
大切な思い出がまた一つ増えたことに感謝しながら、今の時間を楽しんだ。
家に帰ると、父さんが待っていた。とりあえず、風呂に入ってこいと言われたので、入ることに。
風呂から出た後、リビングに父さんがいた。
「お待たせ、父さん」
「ああ、きたね。とりあえず、飲み物でも入れよう。私はコーヒーを飲むけど、アキラも一緒でいいかい?」
「うん。ありがとう」
父さんがコーヒーを入れてから、一緒に飲む。
怪我の具合を聞かれたけど、すでに痛みはなく、腫れもほとんど引いていた。
ほとんど問題ないよと言うと、父さんは優しく微笑むだけだった。
「さて、アキラに聞きたいことがあってね。大切な友達がたくさんできたと思うけど、好きな子はできたかい?」
「なに、突然。話ってそういうこと? てっきりどうして怪我したのかっていう理由かと」
「はは、違うよ。喧嘩も大いに結構。まあ、アキラが喧嘩なんてよっぽどのことだとは思ってたけど、その子関連のことかな?」
「うん、まあ、そうだけど」
僕の人生は、僕のものだからと、いつもはあまり話を聞いてこない父さんが、急にそんなことを聞くから、歯切れが悪くなる。というか、ちょっと照れくさい。
「そうか……。僕の時もそのくらいでね。ちょうど母さんと出会ったのも、アキラと同じくらいの歳だったよ」
「そうなんだ。いまでも仲睦まじくていいなって思うよ。なんというか、僕もそうなりたいし……」
恥ずかしくて、声が小さくなっていった。父さんは聞き逃さなかったのか、ちょっと驚いた顔をしたけど、すぐに嬉しそうに笑った。
「そういってもらえると嬉しいな。 アキラに好きな人ができて父さんは嬉しいよ。アキラは、その子のことを本気で好きなんだね?」
「……そうだよ」
父さんの真面目な顔に、思わず真剣に返してしまった。
どうしたんだ、父さん。いつもは穏やかに笑ってる感じなのに。
「そうか、それはめでたいことだ。アキラがしっかりとその人のことを見て決めたなら、父さんは何も言わないよ」
父さんはコーヒを啜る。
僕は父さんの言葉を聞いて、昔のことを思い出した。
『いい友達だね』
『うん。最高の友達だよ、父さん。父さんが口うるさく言ってくれたおかげで、出会えた友達だよ……。
あの頃は、目立たず地味にって言葉嫌いだったけど、いまなら理解できるよ。ありがとう、父さん』
『……大きくなったな、アキラ』
僕はその時から、父さんと仲良くなった。別に話す時間は変わらないけど、心から感謝できるくらいには、父さんとの距離が縮まったんだ。
そして、僕はまた、父さんと向き合う。
父さんは、昔話から始めた。
「アキラには、苦労をかけてしまったからね。中学3年の受験間際に引っ越しすることになって悪かったと思っているんだ」
「そのことはいいっていったろ? 前の学校は、特段好きでもなかったし。むしろ、ここに引っ越せて良かったと思ってるよ」
「ふ、君はいい子に育ったな。きっと、母さんの教育が良かったんだろう」
「父さんのおかげでもあるから。そこは、忘れないでね」
「はは、ありがとう」
「うん」
話はこれで終わりかと思ったけど、まだ話してないことがあるようだ。
「母さんの病気のこと、話したね?」
「……うん、結構重い病気だったんだよね? 今はすっかり元気だけど」
「……ちょうど、アキラが中学3年の受験の時期だったね」
「そうだね。てっきり、引っ越してから病院に行くのかと思ってたけど、母さん入院してないし、何かの間違いが起きたのかと思ってた」
「いや、母さんは間違いなく重い病気だった」
「? じゃあ、なんで病院に行ってないの?」
僕の当たり前の疑問に、父さんはゆっくりと口を開く。
「もう、完治したからね」
「え、父さん医者じゃないから、分からないよね? 早く病院に連れて行った方がいいんじゃないの?
ていうか、なんで今その話するの? 訳わからないんだけど」
「これが、1度目の受診結果の内容。これが、前の病院よりもいいところで受けた検査結果だ」
「……癌だったんだね。でも、次のは異常なしになってる」
「ちなみに、念の為、他の病院でも検査を受けたけど、異常なしだったよ」
「……どうして?」
父さんは僕の目を見て答える。
「父さんが関係してるんだ。今から父さんが言うことは、荒唐無稽な言葉だよ。だけど、信じて欲しい」
「……わかった」
僕は父さんの話を聞いた。
でも、聞いたところで、そうなんだと、信じられる話じゃなかった。
「まあ、混乱するのも分かるよ。でもね、アキラ、父さんの言うことを信じてほしい。現に今、噂になってるよね?」
「まあ、確かにそうだけど……」
確かに噂にはなってる。でも、それがどうしたというのか。
必死に考えている僕に触れずに、父さんは話の続きを始める。
「これはね、正式な手順で行わないと、代償を払うことになるからね。大切な人たちや、好きな人たちが窮地に陥った時、無意識のうちに使ってしまうことがあるんだ。それを阻止するために、話をしているんだよ」
「父さん、待ってよ。ちょっと、混乱してるから」
混乱する僕に、父さんは僕の隣に座って頭を撫でる。
「大丈夫。手順といっても簡単なんだ。代償は大切な体の一部、何が起こるかは、分からないんだけどね。でも、まずは話を聞いてくれないかい? そうでないと、後悔するのはアキラかもしれないからね」
「……わかったよ」
「ありがとう」
僕は父さんの話を聞いた。
まるで物語の話みたいな現実味のない話で、やっぱり理解することが難しかった。
これが、本当なのかは今でも信じられない。でも、本当だとしたら、急に引っ越した理由も、母さんの病気のことも、説明はつくけどさ……。
条件も大して難しい話じゃない。いや、難しいっちゃ難しいけど、経験する人は経験できるくらいだし。
父さんとの話が終わった後、僕はベッドの上で1人で悶々と考える。
考えていると、過去に父さんと話していた記憶が蘇った。
『アキラ、目立たず地味に生きなさい。アキラは顔が整ってるから、誰かの記憶に残りやすい。前髪を隠して、学校では、印象に残らないくらい目立たずに、地味に生きるんだ。あと、しっかりと人を見極めなさい。いいね?』
『わかった』
ああ、だから父さんは、あんなに口うるさく言ってたのかと思った。
でも、昔の僕は、父さんからの目立たず地味に生きろと人を見極めろって言葉が耳タコのせいで、話を適当に聞いてたんだ。
でも、なぜか今思い出すことができた。
『でもね、アキラ。君にもいつか大切な友達ができる。その人たちと本当に友達になりたいと思ったら、目立つことも、地味に生きることも忘れて、楽しみなさい。わかったね』
父さんは話してくれていたんだ。大切な人ができたら、目立たず地味に生きることをやめていいって。
卑屈になっていた僕は、そのことすら忘れていたけど……。愛されていたんだな……僕は
『それと、好きな人ができたら、必ず父さんに言うか、家に招待しなさい。わかったね?』
『うん』
『その時、話したいことがあるから』
そういえば、その後、そんなことも言われてたなって思い出した。
だから今日、父さんは秘密の話をしたんだなって。
思い出したのもそれだけだし、今の所、考えたところで意味はないし、それを実行する時がくるのかも分からない。
結局、その時にならないと分からないっていうことに落ちついた。
まあ、これに関しては僕の心次第って感じかな。
今は何をすることもないので、大人しく明日のことを楽しみにしつつ寝ることにした。
明日のデート楽しみだなって思いながら眠る夜は、遠足に出かけるあの感情を思い出させた。
君も同じ気持ちだといいなと想像して、瞳を閉じる。
瞼の裏側に出てきた君は、とてもいい笑顔で僕を見てくれていた。




