約束
「にしても、痛いなー。青春の代償」
「はは、んだそりゃ! 喧嘩も青春のうちってか!」
「拳をぶつけ合うのは大事だ」
「それは、武道だけにして欲しいよ……」
保健室に着くと、ヒマワリが保健の先生を呼んでくれていた。
先生は、丁寧に切れた口を消毒して、絆創膏を貼ってくれた。あと、氷嚢くれた。今日の夜か、明日の朝には腫れてるだろうから、あまりにも痛みが引かないようなら、病院にいくことを勧められた。
とりあえず、ここで少し休んで、大丈夫そうなら体育祭には出ていいそう。
二人三脚もあるし、遠慮なくここで休ませてもらおう。クーラーも効いてて気持ちいいし。
3人は外で待ってる。涼しいから中で待ってればいいのになって、思った。
先生は、外で待機しないといけないそうなので、僕の治療が終わってすぐに出て行った。
3人には、全体の種目がまだあるから、先に戻ってと伝えた。
「うちは、残る」
「分かった。じゃあ、アキラのことよろしくな!」
「たのんだ」
「うん……」
「え、ちょ」
「じゃあなー! 二人三脚になったら、伝えるわ!」
「じゃあ」
2人は、そのまま出て行った。
「……」
「……」
む、無言。怒ってるのか、悲しんでるのか、その両方なのか……。
「「あの!」」
「あー」
「あ、」
「……」
「……」
「「先どうぞ!」」
こんなに被ることあるんだ。
お互いにびっくりしすぎて、つい互いの目を見つめる。
保健室から陽が差し込む。
ヒマワリを照らして、黒かった瞳が輝きを放っている。
曇りだったけど、どうやら晴れたらしい。
それよりも。
「ヒマワリ、瞳の中にも向日葵の花が咲いてるね」
「そうなの! 凄くない!? うち、向日葵に愛されてる!」
「うん、綺麗だよ」
「う……真顔でそれは卑怯だよ……」
「あー、ごめんごめん、つい!」
斜め下を向いて照れるヒマワリは、なんというか、儚げだ。
いつもは可愛い子だと思ってたけど、綺麗な面も持ち合わせてるなんて、驚きだ。
「……あ、そういえば、ハンカチ汚してごめんね」
「いいよ、うちがしたかったんだし。傷痛い?」
「少しね。でも、だいぶ痛みは引いてきたよ」
「そか……あのね、うち結構前から話聞いてて……」
「……そっか、なんかごめんね。知ったような口で喋っちゃって」
「そんなことない!」
大きな声で否定してくるヒマワリ。涙目で迫ってくる彼女に対して、僕は動けずにいた。
「うちね、凄く嬉しかった。アキラがうちのこと庇ってくれて。それに、ちゃんとうちのことも見てくれ、怪我してるアキラには申し訳ないけど……すごく、嬉しかった」
「そっか……それならよかったかな。自分でも驚いてるんだ。気がついたら、言ってたんだ。はは、おかしいよね。そういうタイプじゃないのに。……でも、許せなかった。タイキの悪口を言ったことも、ヒマワリの外見だけ見て口を出してくることも。だから、売り言葉に買い言葉になって。ついには、お互い暴力……。情けないよ」
ヒマワリは静かに、そして丁寧に言葉をぽつりぽつりと話し始める。
「確かに、暴力はよくないと思う。お互いが傷つけあうのは見てて辛いから。さっきね、アキが治療してもらってる時、タイキから謝られたの。タイキがね、アキが犠牲になったのは俺のせいだって。アキが計画のためにわざと殴られたことも聞いちゃったの」
ぬ、だから僕が治療してもらってる時、外にいたのか……。
ヒマリは潤ってしまった瞳で、僕を見つめる。
「……アキ、これからは無茶しない、自分を犠牲にするようなことはしないって約束して。結構前から聞いてたって言ったよね? アキがトイレ行った後ね、うちも少し経ってから行ったの。戻ろうとしたら、鎌犬君と一緒にどこかいくから、後つけたの。 本当は止めようとしたんだけど、アキが殴られてるところ見たら怖くて……急いで山内先生を呼んだの。あの人、生徒思いの先生だから。見つけるまで時間かかっちゃったけど」
「いや、助かったよ。大事にしたいわけじゃなかったから。……なんか、ヒマワリ達がナンパされた時のこと思い出すね」
僕は……ヒマリの自分を犠牲にしないという言葉に、約束することはできなかった。
だから、話しを逸らしてしまった。
……同じようなことが起きたらきっと、僕は自分を犠牲にしてしまうから。
できない約束は、しない主義なんだ。
「あー、確かにね。あの時、アキが警察呼んできてくれて助かったよ」
「うん、今の僕も同じ気持ちだよ。だからさ、謝るはなしにしよ? 男が振るう暴力なんて、怖くて当たり前だしね」
「でも……」
まあ、納得できないよね、ヒマワリの性格上。
「僕さ、ヒマワリの花みたいに咲き誇る笑った顔が好きなんだ。だから、ヒマワリには笑っててほしい。君の笑顔を守りたくて、突っ走った僕が言うのもなんだけどさ」
「……おふ」
「え」
あれ、結構いいこと言ったような気がするんだけどな……。
……ん、いや、これだいぶ恥ずかしいな!
「んふふ、アキかっこいいね。うちも、アキが急に見せる男の子の顔……好きだよ」
「え……それって」
彼女の頬がピンク色のチューリップみたいに染まる。心臓がバクバクと鼓動する。つい、深追いしてしまう。
「ふふ、秘密。あ、コウキから連絡きたよ! もうすぐらしいけど、戻れそう?」
「う、うん。大丈夫、氷嚢は借りていこうかな」
「そうしよう! せっかく練習したんだし、二人三脚の成果みんなに見せつけよ!」
「うん、そうだね」
秘密のままにしていていいのだろうか。もしかしたら、彼女は勇気を振り絞って放った言葉かもしれない。
彼女は色々と秘密にしたい花々を心に咲かせていると思う。たまにその花に触れようとすると、いつも曖昧な感じで誤魔化して触れさせようとはしない。
でも、今回は秘密にしたいはずの花を一つ見せてくれた。目の前で、だ。
彼女なりのサインだと信じて、彼女にかける言葉を懸命に探す。
「よーし! 頑張るぞー! おー!」
「ねえ、ヒマワリ」
「ん、なに?」
でも、遠回しの言葉なんて、見つからなくて。
「月曜日の振替休日。僕とさ……デートしてくれない?」
「ふふ、いいよ」
太陽の光に照らされた彼女は向日葵の瞳で僕を見つめる。頬を染めて微笑むヒマワリは、なんだか凄く大人っぽくて、その瞳に誘い込まれてしまいそうになる程、魅惑的な姿だった。
ヒマワリに魅入られて惚けていると、彼女は僕の手をとって走りだした。
「ほら、行くよ!」
「うん」
君の背中を見つめる僕は、どんな表情をしているんだろうか。
きっと、君に夢中で、君のことしか見えてない。他の誰にも見せられないほど、滑稽な顔になってるはずだ。
でも、この気持ちは、まだ秘密のままでいたい。
だって、この時間も、大切にしなきゃいけない時間の一つだと思うから。
なんとか間に合った僕たちは、急いで集合場所に集まる。
鎌犬との話し合いが終わったのか、内山先生がいた。僕を見てサムズアップしたので、色々と解決したことを祈っておくしかない。
2人で順番待ちをしていると、視線が突き刺さる。
人気者のヒマワリと走る相手が、なぜかボロボロの姿だもんな。それは目を引くよね。
ヒマワリは、そんな視線に気づいてないのか、ワクワクした様子だ。
「すごい楽しみ! 頑張ろうね、アキ!」
「うん、頑張ろう」
「そういえば、眼鏡壊れちゃってたね」
「まあ、結構使ってたし、そろそろ買おうとしてからちょうどいいよ」
「じゃあ、月曜日に買おう! 選んであげる」
「それは、嬉しいな。ありがと」
「いいえ!」
ヒマワリと話しながら待っていると、順番が来た。
ライン前に立って、足に紐を結んで準備を整える。
「外側の足から一歩目ね! スタートしたら、せーので一歩目!」
「わかった」
「よーし!」
全員の準備が整うと、場が静かになる。
先生の合図を待つ。
「いちについて、よーい」
ドン!
「「せーの!」」
一歩目を出して、スタートする。
周りより少し遅れたけど、僕たちの息がピッタリ合ってるおかげか、徐々に追いついていく。
「いち、に、いち、に!」
「いち、に、いち、に!」
鬼門のカーブ。ここからは、僕は少し大股で走る。
いち、に、いち、に、と声を合わせる。
ヒマワリの元気な声に、前の走者が反応して少し焦り始めたのか躓いた。それにバランスを取られて、前に転がる。
「いち、に、いち、に!」
ヒマワリに変わった様子はない。自分のことで一生懸命って感じだ。
うん、このままでいこう。変に話すより、このまま進んだほうがいい
カーブ終わりもうまくタイミングを合わせることができた。あとは真っ直ぐ進むだけ。
ここでも油断せずに、声を出して歩幅を合わせる。
「いち、に、いち、に……」
そして、ようやく。
「ごーる!!!」
ゴールテープを1番に切ることができた。ふう、なんとか大役を果たせたようでよかった……。
「やった、1番だよ、1番! やったーって」
「危ない!」
ゴールした直後、ヒマワリがジャンプして足を持ってかれる。
咄嗟に、彼女を抱き寄せて下敷きになった。
……今日は、怪我をする日のようだ。でも、これはなんというか……いや、考えるのは止めよう。
僕は紳士、僕は紳士、僕は紳士!
少ししてから、ヒマワリの声が聞こえる。
「うわー!ごめんね、アキ!!! 大丈夫!?」
ヒマワリが慌てて僕の上からどいて両膝で立ち、さらに急いで立ち上がろうとするのを抑える。
「ヒマワリ、落ち着いて。僕は大丈夫だから。すみませーん、足の紐ほどいてください!」
「は、はい!」
「うう……ごめんなさい」
ゴール近くにいた先輩に、足の紐を解いてもらう。そこでようやく、2人して立ち上がることができた。
周りからは、生温かい視線と、殺意の視線の両方で見られる。うん、僕がしたわけじゃないけど恥ずかしいな……。
「あはは。めだっちゃったね……なんか、ごめん……重くなかった?」
「はは、気にしなくていいよ。花みたいに軽かったよ」
「もう、意地悪!」
「本当だって」
2人で目を合わせて、笑い合う。
まあ、何はともあれ、ヒマワリの楽しみを奪わなくてよかった。
全力で今を楽しむことに、協力するって言ったからね。ヒマワリが笑ってくれれば、僕はそれで十分だ。
このあとクラスに戻り、ヒマワリがおめでとうの嵐に巻き込まれている。
僕はいつものメンツのところに戻ると、祝勝の言葉をもらった。
ユリとサクラには、顔の傷のことを心配されたけど、解決したから大丈夫とだけ伝えておいた。
あんまり納得はしてなかったみたいだけど、この場では伏せておいた。このあとは、ユリとコウキを応援しないといけないしね。
クラス代表対抗リレーは大いに盛り上がった。
結構いい感じでバトンを繋いでいったんだけど、一度バトン渡しに失敗して3番目になった。そこでユリが活躍する。ユリがぐんぐん2番目との距離を詰めていった。これもかなりすごい。
でもそのあと、アンカーのコウキにユリがバトンを渡した後がえぐかった。アンカーはコースを一周するんだけど、1周だいたい400mくらいあるから体力配分が大事だ。
でも、コウキは全力疾走で、次々と追い抜き、結果1位に返り咲いた。
足の回転力どうなってるんだと聞きたい。
まあ、そんなことより、めちゃくちゃかっこよかった……。あれこそ、THEイケメンだ。
コウキ達へ賞賛の声が、次々にかかる。僕たちは、最後に声をかけて、コウキとユリを称えた。
全ての競技も終わり白組の勝ちとなった。閉会式が終わるとぞろぞろと解散していく。
運動委員や、部活に入ってる人たちが、片付けに駆り出されていく。僕たちは、部活に入ってないので、みんなで帰ることになった。
明日は、日曜日で休みなので、6人で打ち上げに行こうと話していたが、クラスメイトから、明日の夜にお疲れ会やるから参加してとコウキが声をかけられる。コウキが僕とタイキを見てくる。
今回はコウキの活躍が目立っていたし、主役として参加して欲しいんだろう。
いや、今回というより、本当は毎回参加して欲しいんだろうな。
僕は今回、コウキに助けられたから、コウキの意見に従おうと思う。
「コウキが行くなら行くよ」
「おお! アキラが行くってんなら、俺も行く! タイキも来いって!」
「俺は……」
行かないほうがいいと思ってるのかな。場の空気を壊すからとか考えてそうだな。
「タイキ君行こうよ〜、たまには参加したほうがいいって〜」
「ええー!じゃあ、アキもサクラも行くならうちも行く!」
「2人が行くなら、私も行く」
「高音の花々が、全員集合!? これは夢か、夢なのか!?」
クラスメイトが興奮して叫んでる。まだタイキが行くか決めてないけど、ここは僕が人肌脱ぐか。
「大丈夫だよ〜、わたしもいくからさ〜」
と思ったら、桜がタイキの顔を見つめて微笑んでる。
「……わかった」
「じゃあ〜6人参加しま〜す」
おー!と、クラスリレーの時より叫ぶ男子勢がいた。女子達の中には、快く思ってない視線も少なからずある。はてさて、どこを見てるのかは、判断がつかないけど、あそことは関わらないほうが良さそうだ。
クラス会の集合場所は、コウキから聞くことにしよう。クラス会の前にみんなで集まることになった。時間と集合場所を決めようとしたけど、このあと僕はバイトがあるから今日は先に帰らせてもらうことにした。本当はもう少し話していたかったけど、時間がなかった……無念。
バイト先では、腫れた僕の顔を見て、みんなが心配してくれた。
なんか、色々なことがありすぎて、殴られたことをすっかり忘れていた。氷嚢も返し忘れた……。どこに置いたかも覚えてないので、帰ったら探そう。
体育祭と、忙しすぎた仕事のせいで、体はクタクタだった。氷嚢はカバンに入れてあった……。ごめんなさい、先生。
連絡を返したかったけど、残念ながら眠気に勝てずに、気絶するように眠った。




