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CHANGE ~県立実里丘高校男子バレーボール部の受難~  作者: 貴堂水樹
第1セット もうバレーなんてやらない
8/38

4-4.

 ――高い!

 中学時代のチームメイトとは比べものにならないほど、煌我のジャンプは高かった。跳び上がった先で大きく仰け反ったからだからは少しのブレも感じない。体幹がしっかりしている証だ。

 目にも留まらぬ速さで振り抜かれた右手で、煌我は相手コートのほぼ中央にボールを叩きつけた。ズドン、とレシーブのために構えていた雨宮のすぐ左脇でけたたましい音が鳴る。

 女子バスケ部員の何人かがバレーコートに目を向けた。バスケットボールとは比較にならない軽さであるバレーボールが、バスケットボール以上の轟音を立てて跳ねたのだ。彼女らが驚くのも当然だった。

「っしゃー! 最っ高!」

 着地と同時に、煌我は満点の笑顔でガッツポーズをした。そんな彼には誰ひとり目を向けない。琉聖と七人のバレー部員は放心状態で立ち尽くし、コロコロと転がりゆくボールを呆然と見つめていた。

 かぁっと、からだの内側から熱いものが込み上げてきた。琉聖は驚きを多分に含んだ目をして煌我を見やる。

 すごい。パワーも申し分なかったけれど、とにかく高さに圧倒された。

 どこまでも飛んでいけそうなジャンプだった。天まで届くような、まだ誰も見たことのない景色を拝みにいくような、希望のきらめきにあふれた跳躍。

 うらやましい。心の底からうらやましいと思った。

 こいつのように、ただ前を、上を、希望だけをその目に映してバレーができたら、どれほど楽しいだろう。どれほど幸せだろう。

 こいつと同じコートでプレーできたら、あるいは俺も、もっとバレーを楽しめるだろうか。そんなことを考えている自分にはっとした。恐ろしいほど、心を持っていかれていた。

「どうだ、琉聖!」

 煌我が勝ち誇ったようなギラギラのオーラをまとって琉聖を指さした。

「見たか! すげぇだろ、おれのスパイク!」

 スパイクよりも、あふれすぎている自信のほうがよほどすごい。おかげでバッチリ目が覚めた。素直に「うん、すごかった」と言ってやるのはしゃくだったので、フンと鼻で笑ってやる。

「ノーブロックだったからな、今は。ブロッカーがいなきゃ誰にだって鋭角なスパイクは打てるだろ」

「な……!」

 言い返そうとした煌我を遮り、琉聖はオグを手招きした。なにをやらされるのかと不安げなオグはおどおどしながら琉聖のもとへと駆けてくると、すぐに反対側のコートのネット際へ立たされた。

「ブロック飛んで」

「えっ、ボ、ボク……?」

「そう、おまえ。雨宮さん、一緒にお願いします」

「俺もか」

 雨宮がオグに歩み寄り、ふたり並んでネット際に立った。高い。琉聖が小人こびとに見える。立ちはだかる壁の高さに、煌我がごくりと生唾をのんだ。

「雨宮さん、身長は?」

「一八六だ」

「デカいな。ミドルですか?」

「いちおうね」

「オグは一九九だっけ。じゃあ、雨宮さんがこっち」

 琉聖は雨宮をライト側、アタッカーである煌我から見て左側に立たせた。オグは雨宮の左隣に立たせ、クロスコースのスパイクを封じる役目をまかせた。

 続いて琉聖は残る三人、眞生と双子の左京・右京を呼び寄せた。雨宮らと同じコートに入れ、眞生をバックライト、左京をバックセンター、右京をバックレフトの位置に立たせる。後衛のレシーバーだ。

「これでいきましょう。おまえ、球出しね」

 バックセンターの左京を指名した。「ほーい」と緩い返事がきて、マネージャーの美砂都が左京へとボールを手渡した。

「打てよ、煌我」

『佐藤』ではなく、『煌我』と呼んだ。

「これで打ち抜けたら認めてやる。ブロックにかかったら……」

「かからない!」

 煌我が声を張り上げ、ブロッカーふたりの頭上を指さした。

「絶対にかからない! おれは、ブロックの上を抜く!」

 琉聖は両眉を上げた。虚勢かと思ったが、どうやら本気で言っているらしい。「いいね、おもしろい」と笑みさえ浮かぶ。

 左京に目配せし、雨宮と同じようにチャンスボールを入れさせた。伊達が無難にレシーブし、ボールが琉聖のもとへと返る。

「レフト!」

 煌我がトスを呼んだ。こたえるように、琉聖は教科書どおりの美しいフォームで煌我の待つレフトへとトスを上げた。

「せーのっ!」

 雨宮のかけ声に合わせ、オグと雨宮の二枚ブロックが煌我のすぐ目の前に完成した。煌我はニヤリと右の口のを上げた。

「ぅらぁっ!」

 煌我の右腕が振り抜かれる。オグの立つクロス方向を狙ったスパイクだった。

 琉聖は目を見開く。宣言どおり、煌我の放った強打はオグの左手の上をすり抜け、相手コート、バックレフトのサイドライン際に叩き込まれた。

 高いブロックを軽々と越える、オバケ並みの跳躍力をいかした煌我のスパイク。

 快音がコートを鳴らす。煌我の二度目の雄叫びが高らかに響いた。

 琉聖は無言で天を仰いだ。完敗だった。あっけなく煌我の思いどおりの展開になって、同じコートに立っているのに悔しさが募って仕方がない。

「なにやってんだよ」

 思わず、琉聖はネット越しにオグを睨んだ。

「おまえ、こんだけデカいからだしといてそんなちょこっとしか手ぇ出ないのか」

「ご、ごめんなさい……!」

 オグが泣きそうな目をして謝った。十三センチの身長差がありながら、オグよりも雨宮のほうが高く跳んでいたようにさえ見えた。

「もっと跳べよ、おもいっきり!」

「は、はい……!」

 いちいちびくつく男だった。だんだんイライラしてきて、琉聖は腹いせにオグへのダメ出しを続けた。

「おまえ、ブロック飛ぶ時どこ見てる?」

「ど、どこって……ボールを……」

「それだけじゃ足りない。アタッカーの動きも同時に見ろ。一本、二本じゃわからないかもしれないけど、しばらく観察してると相手の癖がわかってくる。その場(しの)ぎの単調なブロックしか飛べないようじゃ半人前以下だ。もっと先を読め。相手の心を見抜く目を養え。広い視野が持てないうちはブロッカーとして大成しないぞ」

「う、うん」

「ボールを弾き返すだけがブロックじゃない。相手が振り抜く腕を止めにいくイメージでジャンプするんだ。それだけ高さがあるんだから、漫然と真上に向かって跳ねてるだけじゃ宝の持ち腐れだ。もっと相手コートに大きく腕を出せ。ブロックの場合は相手コートに手を出しても反則にならないんだから」

「はい……!」

 オグは軽く目を回しながらも必死に返事をした。もともと処理能力の低い男なのか、いきなりあれやこれやと指摘されてわかりやすく混乱している。

「厳しいねぇ」

 雨宮がニヤニヤしながら冷やかしてくる。

「オグはいちおう経験があるけど、初心者に毛が生えた程度の実力しかないんだ。おまえの昔のチームメイトとはわけが違うぞ」

「だったら余計にちゃんとした指導が必要なんじゃないですか? あんたたち、全国制覇目指してるんでしょ?」

 雨宮は黙った。冷やかし返したわけではなく、本気ならばもう少しまじめにがんばったほうがいいと言いたかったのだが、きちんと伝わったか不安だった。

 沈黙が降りる中、琉聖は煌我のほうを見た。煌我もまっすぐ琉聖を見つめている。

「これで満足?」

 一本どころか、二本も付き合ってやったのだ。文句のつけようもないだろう。

 女子バスケ部のコートから、高らかな笛の音が聞こえてくる。煌我は微笑み、ゆっくりと琉聖に向かって歩き出した。

「おまえ、やっぱりバレーが好きなんだな」

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