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CHANGE ~県立実里丘高校男子バレーボール部の受難~  作者: 貴堂水樹
第3セット CHANGE

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6-4.

「久慈!」

「琉聖くん!」

「「りゅうせー!」」

 伊達、オグ、左京・右京が、煌我の腕の中でぐったりとする琉聖に駆け寄る。ベンチにいる雨宮や眞生らも息をのんだ。

「お疲れ、琉聖」

 煌我のものとは思えないほど落ちついた声が、琉聖の耳に優しく届く。

「ありがとな。ここまでよくがんばってくれた」

「嫌だ」

「もう十分だ。下がって休め」

「嫌だ!」

 琉聖が叫んだ。力の入らない右手で、煌我の胸をドンと殴った。

「またかよ……また俺のせいで負けたって言われんのかよ……!」

 おまえがからだのケアを怠ったから。最後まで試合に出られなかったから。

 おまえのせいだ。おまえのせいで負けた。おまえのせいだ。おまえの。

 煌我の腕の中で、琉聖は歯を食いしばった。

 動け、俺のからだ。あと少しなんだ。あと少しだけ、俺に時間を――。

「言わねぇよ」

 琉聖の小さなからだを、煌我がそっと抱き寄せた。

「言うわけない。だって、おれたちは負けないから」

 煌我は自信たっぷりに言いきった。琉聖が顔を上げると、煌我は笑いかけてくれた。

「まだ負けてない。おまえがベンチに下がっても絶対に負けない。だから安心して休め」

「でも……」

「頼むよ、琉聖」

 煌我の頬を、一筋の涙が伝った。

「頼むから、眞生と交代してくれ。おまえが苦しむとこ、おれ、もう見てらんねぇんだ」

 琉聖は目を見開いた。ボロボロとあふれてこぼれる煌我の涙に胸が詰まる。

「煌我」

 なんで泣くんだよ。俺なんかのために、どうして――。

「ごめん、琉聖」

 煌我は震える声で言った。

「おれのせいだ。おれが無理やり、おまえをバレー部に誘ったから。やりたくないって、あんなに言ってたのに。おれが一緒にやろうって言ったから。おまえのこと、全然わかってなかった」

 ごめんな、と煌我は泣きながらくり返した。汗がすぅっと冷えていく。

 人目も憚らず、煌我は涙を流し続けた。彼の中で渦巻き続けていた後悔の念が、川になって頬を伝い落ちていく。

 琉聖の知らないところで、煌我はずっと責任を感じていた。琉聖が打ち明けていなかったとはいえ、生まれつきの持病があることを知らず、十分な準備期間を設けることなく強引に試合に出ることを決めた。結果として、大切な仲間に無理をさせ、つらい思いをさせてしまった。あとさき考えず、勢いのままに話を進めてしまったイケイケどんどんな自分自身が、煌我はどうしても許せなかった。試合中に、涙をこらえられなくなってしまうほど。

 なんてヤツだ、と琉聖は思った。

 バカみたいにポジティブで、能天気で。よく笑い、試合中に平気な顔でふざけられるハートの強さを持ち合わせていて。

 煌我の底抜けの明るさが、できたてホヤホヤのこのチームの支えだった。煌我が笑っていれば、チームが活気づく。いいムードで試合を進められる。

 いつの間にか、チーム全体が煌我の笑顔に頼りきりになっていた。

 いったい誰が想像しただろう。

 太陽のようなその笑顔の裏で、煌我は苦しい胸の内をひた隠しにし、無理やりムードメーカーの仮面をかぶっていただけだったなんて。

「おまえのせいじゃねぇよ」

 右手で腰を押さえ、時折息を詰まらせながら、琉聖は左手で煌我の涙を拭ってやった。

「俺が悪かった。ごめんな、俺のわがままでつらい思いさせて」

 勝利にこだわりすぎたこと。

 責任を感じ、ひとりでなにもかもを背負おうとしたこと。

 チームメイトたちの本当の心を推し量ってやれなかったこと。

 今日の琉聖に足りなかったものは、この他にも山ほどある。

 煌我は汗にまみれたユニホームの裾で顔を拭き、流した涙を綺麗さっぱり消し去った。「バカ野郎」と誰に向けて言ったのかわからない言葉を残し、ベンチの雨宮に向かって「メンバーチェンジ!」と手を挙げて言った。

 眞生が副審の隣に立った。琉聖は煌我の肩を借りてゆっくりと眞生のもとへと足を踏み出す。

「なぁ、煌我」

 その足を一瞬止めて、琉聖は言った。

「一緒に叶えような、お父さんとの約束」

 煌我が驚愕の表情を浮かべた。

「おまえ、どうして……!」

 言いかけて、煌我はハッとなにかに気づいた。

「あのバカ……。トモだろ、口すべらしたの」

 琉聖は小さく笑う。そう、犯人は琉聖のクラスメイトであり、煌我の中学時代の同級生でもある、男子バスケ部の桐山朋幸だ。

 煌我があまりにも全国制覇全国制覇とうるさいから、なにかこだわる理由でもあるのかと思い、琉聖はトモに尋ねてみた。トモはあっさり教えてくれた。

 煌我には、中学一年の時に病気で亡くした父親との大切な約束があった。

 バレーボールで、テッペンを獲ること。

 煌我の父は実里丘バレー部のOBで、煌我と同じようによく笑い、よく跳ぶアタッカーだったという。

 かつて父は、息子に言った。「どうせやるなら、テッペンを目指せ。強豪校に入らなくてもいい。無名のチームでいいから、おまえがチームを全国制覇に導く大黒柱になれ」と。

 煌我はその教えを忠実に守ろうとしている。父と同じ県立実里丘高校へ進学し、父と同じバレーボール部に入った。琉聖と出会っていなくても、煌我はこのチームで全国制覇を目指していただろう。

 だが煌我は、全国大会経験者、それも中学ナンバーワンセッターと出会ってしまった。

 運命だと思ったはずだ。父との約束を果たすために、神様が琉聖と引き合わせてくれたのだと。

 誘わないわけにはいかなかった。琉聖の気持ちなどお構いなし。なにがなんでも、おれとこいつで全国の頂点に立つ。それだけしか考えていなかった。

 そして、今に至る。煌我の強すぎる想いと、琉聖のわがままで意地っ張りな性格がぶつかり合い、チームは崩れかけ、再生し、再び崩れかけている。

 だが、問題ない。心はすでに一枚岩になっている。

「あぁ、叶えるさ」

 煌我は胸を張って琉聖に言った。

「この試合にも絶対に勝つ! インターハイに出て、全部の敵をなぎ倒す!」

「いいね。俺も出たくなってきた、インターハイ」

「よっしゃあ!」

 煌我が叫び、琉聖にとびきりの笑顔を見せた。

「ちゃんと見ててくれよ、ベンチで! ぜってー負けねーから!」

「おう。あとはまかせた」

 煌我から離れ、琉聖は眞生と交代した。「頼むな、眞生」「オッケー。なんとかする!」と言葉を交わし合い、ふらふらとおぼつかない足取りでベンチへと下がる。

 駆け寄った美砂都の手を借りる前に、琉聖は力尽きた。眩暈がひどくて目を開けていられない。見ていてくれと言った煌我の期待にはどうやらこたえられないようだ。

 意識が遠のく。ベンチにたどり着くことなく、琉聖はフロアに倒れ込んだ。

「さぁ、一気に決めるぞ!」

 最後に聞いたのは、煌我のバカみたいにデカくて勇ましい声だった。

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