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CHANGE ~県立実里丘高校男子バレーボール部の受難~  作者: 貴堂水樹
第3セット CHANGE

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34/38

6-1.

 右京のサーブはラッキーなネットインになった。ボールが白帯をかすめ、相手コートのネット際にポトリと落ちる。十五対十四。

 次のラリーは相手がサーブレシーブからAクイックで切り返し、十五対十五。

 お返しに、オグのAクイックをくらわせてやった。十六対十五。スピードの速い試合展開が続き、今度は相手セッターのツーアタックが決まった。十六対十六。

 なかなか逃げきらせてもらえない。だが、相手セッターは確実性の高い速攻やツーアタックに頼り始めた。明らかに焦っている。引き離されないよう必死になっているのだ。

「雨宮さん」

 琉聖は一つ前のラリーから前衛に上がってきている雨宮に、ある作戦を耳打ちした。「だよな。俺もさっきから気になってたんだ」と、雨宮も琉聖の気づきに同意した。

「けど、サイドに振られたらどうする? 捨てるか?」

「捨てましょう、潔く。一本止められたら、たぶんまたサイド中心の組み立てに戻してくると思うんで」

「わかった。じゃあ、しばらくはそういう感じで」

 琉聖がうなずくと同時に、相手のサーブが飛んできた。

 伊達のサーブレシーブは琉聖のもとへと返り、雨宮がAクイックのトスを呼ぶ。その後ろから聞こえてきた声に照準を合わせ、琉聖はセットアップポジションからアタックライン上へとやや高めのトスを放った。

「煌我!」

「はいきたぁ!」

 バックセンターの位置から煌我が跳んだ。二枚ブロックの横をすり抜け、豪快なバックアタックがコートを切り裂くように駆け抜ける。相手はかろうじてつなぎ、チャンスボールが返ってきた。

 再び実里丘による攻撃。雨宮が「1!」とAクイックのトスを呼んだ。

 ――は!? なんで『1』!?

 落下点に入りながら、琉聖は珍しく混乱した。雨宮には移動攻撃ブロードに入るようサインを送っていたはずだ。

「バカ野郎……!」

 咄嗟に予定を変更し、ジャンプトスからレフトで待つ左京へと長めの平行トスを振った。ドンピシャの位置に上がってきた琉聖のトスにこたえ、左京は得意コースであるインナーを狙って強打を放った。

 十七対十六。実里丘は辛くもリードを守っている。

「ちょっと、雨宮さん!」

 左京のプレーを褒め称えるよりも先に、琉聖は雨宮に詰め寄った。

「なにやってんすか! ちゃんと『7』入ってくださいよ!」

「だっておまえ、入れるわけないだろ! バックトスは腰への負担が」

「そんなぬるいこと言ってる場合じゃないだろ今は! 俺の心配よりもチームの心配しろよ!」

「してるよ! してるから安全策を採るんだろうが!」

「よぉし、わかった」

 激しく言い合う琉聖の間を、煌我が胸を張って割り込んできた。

「ここは間を取っておれに全部トスを振」

「「おまえは黙ってろ!」」

「だからなんで!」

 琉聖と雨宮の声が揃った。煌我は不服そうに声を荒げる。 

「まだいけます」

 雨宮に向けられた琉聖の目は真剣だった。

「痛みがまったくないとは言わないけど、大丈夫。このセットくらいはもちますよ」

「だけどなぁ……」

「やらせてください」

 渋い顔をする雨宮に、琉聖は言った。

「みんなのおかげで、俺は今、この場所に立ててる。だから俺も、みんなのために力を出しきりたいんです」

 勝ちたい。このチームのみんなで。

 そのためにできることをやりきりたい。最後の一滴まで、出せる力を振り絞りたい。

 真剣な目をして訴えた。苦渋に顔を歪めていた雨宮は、やがて「そうか」となにかを悟ったように笑った。

「それくらい強い気持ちがなきゃ、全国には行けないってことなのかもな」

「? なんの話ですか」

「なんでもない。ひとりごとだ」

 首を傾げる琉聖から目を逸らし、雨宮はネット際から実里丘コートを振り返ってパンパンと手を大きく叩いた。

「あと八点だ! さっさと稼いで終わらせるぞ!」

 雨宮の張り上げた声に、仲間たちが呼応する。試合もまもなく終盤だ。順調に得点を重ねていけば、琉聖がつぶれてしまう前にゲームを制することができる。

 相手コートでは、イマイチ波に乗りきれない正南学園のチームメイトたちを井波が雨宮と同じように声を張り上げて鼓舞している。県大会常連チームの意地を、この先どうやって見せてくるか。警戒は怠れない。

 第三セットともなれば、左京のクセ球サーブはすっかり攻略されつつあった。相手のリベロがレシーブを上げると、琉聖が左隣にいる雨宮の名を叫んだ。

「来るぞ、雨宮さん!」

「オーケイ……!」

 雨宮がぐっと膝を深く曲げて構えた。

 相手リベロのレシーブボールは、きれいにセッターのもとへと返る。

 トスは、琉聖と雨宮が予想したとおりの場所へ上がった。

 センターの位置。相手コートでは最長身の二年生ミドルが、そして自コートでは雨宮が、それぞれ勢いよくフロアを蹴り、びよんと高く跳び上がった。

 バチンッ!

 相手の放ったAクイックのスパイクが、目の前に構築された雨宮による高い壁に阻まれる。

 空中で響いた大きな音からコンマ数秒。相手の右手と雨宮の右手に挟まれたボールは、正南学園コートで跳ねた。

「よぉし!」

 実里丘のブロックポイント。雨宮の笑顔とガッツポーズが弾ける。

「ナイス、雨宮さん!」

 琉聖も胸をなで下ろしながら雨宮の背中を叩いた。「読みが当たったな」と雨宮はどこまでも嬉しそうだ。

 確実性を優先するあまり、ここ数ラリーの相手セッターのトスはセンターからの攻撃に集中しつつあった。予想外の劣勢で焦る気持ちが先走り、思考の柔軟性が失われたのだ。

 そうとわかれば話は早い。レシーブがきれいに返ったら、まず間違いなくミドルブロッカーに速攻を打たせるだろう。ならばこちらは、ブロックの的を相手ミドルのクイックに絞って飛べばいい。相手よりもほんのわずかに速く飛べば、スパイクは必ずブロックにかかる。

 こういう場面に遭遇するたび、だからセッターは難しいといつも思う。

 自分の気持ち一つで、使いたい攻撃を自由に選ぶことは許されない。戦況を的確に把握し、相手の心理を読み、なおかつ、単調なトス回しにならないよう気を配る。セッターに求められるのは、高い判断力、相手を欺く演技力、そしてなにより、常に冷静でいられる心。焦りは禁物だ。セッターがつぶれれば、チームはたちまち瓦解がかいする。

 でも、難しいからこそ、おもしろい。考えて、考えて、考え抜いて選んだ策がかっちりハマった時の快感は、セッターにしか味わえない爽快さだ。

 体格では劣っていても、セッターというポジションなら頭脳で小ささをカバーできる。チームを影から支え、あわよくば自分の思いどおりに転がせる。

 ゲームメイク。それこそがセッターの醍醐味だ。小さくたって、頭を使えばバレーボールは楽しめる。

 スコアは十八対十六。

 実里丘の勝利まで、あと七点。

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