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CHANGE ~県立実里丘高校男子バレーボール部の受難~  作者: 貴堂水樹
第3セット CHANGE

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32/38

4-3.

 両チームの選手がコートに戻り、背番号9の選手の強烈なジャンプサーブが打ち込まれる。

 三本目も勢いがまったく落ちなかったサーブだが、伊達が意地を見せ、からだを張って剛速球を受け止める。ボールはコートのど真ん中に上がった。

「ナイス伊達さん!」

 琉聖がトスアップに走る。ギリギリ落下点にすべり込み、レフトへトスを振った。

 右京の強打を相手の二枚ブロックが防ぎにくる。ボールはミドルブロッカーの手に当たって大きく跳ね、正南学園コートへ向かって飛んでいく。

 ファーストレシーブをセッターが、二段トスを裏エースの名越が上げ、レフトから井波がスパイクを打ち込む。

「な……!」

 腕を振り抜こうとした瞬間、井波が目を見開いた。

 ストレートコースを狙って放たれたスパイクが、右京の隣でクロスコースを消すようにブロックに飛んでいるはずのオグの右手に当たったのだ。ストレートコースを守っていた琉聖も、一瞬理解が及ばず動きを止めた。

「さ、触った!」

 着地したオグが背後を振り返る。「ナイス、オグ!」と我に返った琉聖がふわりと浮いたボールを拾いに走る。

 琉聖のファーストレシーブ。

「右京! 二段!」

「はいよー」

 二本目を託された右京は、レフトでトスを呼ぶ煌我へと三本目をつなぐ。

「こうがー!」

「よっしゃあ!」

 高らかな放物線を描く右京のオープントスに合わせ、煌我が慎重に落下点を見極めながら助走に入った。

「煌我! 三枚だ!」

 琉聖が叫ぶ。レフトの井波を含め、三人のブロッカーが煌我の前に立ちはだかった。

「上等だよ」

 煌我が自信たっぷりに口角を上げた。びよんっ、と大きく跳び上がる。

「ぅおらぁあああッ!」

 煌我の右腕が凄まじい速さで振り抜かれた。ボールは、ブロッカーの手の上を越えていった。

 轟音を立て、正南学園コートでボールが跳ねる。誰ひとり、煌我の強烈なスパイクに手を出せる者はいなかった。

「っしゃああきたぁあああ!」

 煌我が拳を突き上げた。仲間たちが煌我を囲み、笑顔が弾ける。

 会場全体がほとばしる熱気に包まれた。「なんだ今のスパイク」「すげぇ、三枚抜いたぞ」とあちこちで驚きの声が上がる中、琉聖はただひとり、呆然とその場に立ち尽くしていた。

 信じられない。

 二試合目の第三セット、それもまもなく終盤に差し掛かろうというのに、今の煌我のジャンプはこれまでのどの瞬間よりも高かった。

 そんなバカな。第一試合の扇原高校戦を含め、煌我には誰よりも多くスパイクを打たせてきた。琉聖をはじめ、他のメンバーが疲れの色を隠しきれなくなってきている今、人一倍重力に逆らってきたこの男のいったいどこに、これほど高く跳べるだけの力が残されていたというのか。

「……違う」

 そこまで考えて、気がついた。

「ちくしょう……()()()()()()()んじゃねぇか」

 血の気が引く。あまりのショックに、その場にくずおれそうになった。

 マジか、と琉聖は頭をかかえた。試合はすでに第三セット。今の今まで、なぜこんなにも簡単なことに気づけなかったのだろう。

 打点が低くなっていたのだ。ブロック対策で速い攻撃にこだわり、煌我には弾道の低い平行トスを上げてきた。その選択こそが、煌我のスパイクが今みたいに気持ちよく決まらなかった根本的原因だったのだ。

 速くて低いトスに合わせるためには、アタッカーは早めに助走に入らなくてはならない。煌我もそのように対応してくれていたはずだが、早めに入ると言うより、焦ってしまっていたのだろう。焦った助走では踏み切りが浅くなり、ジャンプに高さが出なくなる。これまで琉聖が煌我の最高打点だと思っていた位置は、実は煌我の出せる高さのマックスではなかったのだ。

 なんという大失態だ。思い返せば、煌我は中学時代、高くゆっくり上がるオープントスばかり打ってきたと申告していたではないか。そんな煌我にとって、琉聖の上げる平行トスではスピードが速すぎたのだ。低くて速いトスで相手ブロッカーを散らすのが鉄則という琉聖の中の常識と、低いトスではうまく打てない現時点での煌我の実力がまったく噛み合っていなかった。

 もちろん、平行トスの練習はした。だが、たった二週間だ。二週間ではものにならなかった。その事実を重く受け止めなければならない。

 なんでもっと早く教えてくれなかったんだと、これまで「打ちにくい」と一言も言わなかった煌我のことを琉聖は心の中だけで責めようとした。

 だが、もしかしたら煌我は気づいていなかったのかもしれないと思い直す。琉聖のトスを過信し、打ちにくいという気持ちに無意識のうちにふたをしていたのではないか。

 ちょっとしたボタンの掛け違いだったのだ。信頼関係が妙な方向にズレていた。

 やはり、たった二週間では準備期間が短すぎた。

 煌我も。琉聖も。誰ひとりとして気づかなかった。

 琉聖のハイレベルなトスが、煌我の持ち味である高い跳躍力を知らぬ間に殺していたことに。

「煌我」

 ようやく足を踏み出すことができた琉聖は、そっと煌我に歩み寄って頭を下げた。

「ごめん。俺が悪かった」

「お?」

 煌我がなにごとかと目を丸くする。

「なんだよ、いきなり」

「トスを変える」

「ん?」

「平行はやめだ。練習不足で合ってない」

「へ?」

 煌我の目がさらにまんまるになる。突然の宣告に思考が追いついていない顔だ。

「おまえへのトスは、次から全部オープンにする。だからおまえは、今みたいにじっくり助走をとっておもいっきり高く跳べ」

「お、おう。わかった」

「その先のことはおまえにまかせる。自由に、好きなように打て。感覚的なことしか言えないけど、たぶん、これまで打ってきた俺のトスとは違う景色が見られるはず。もっと広く、もっと遠くを、こう、ぶわぁーっと見られる感じ」

 身振り手振りを交えてどうにか伝えようとする琉聖の姿に、煌我は相変わらず目をぱちくりさせている。琉聖自身、自分でなにを言っているのかよくわからなくなってきた。

「よっしゃ」

 やがて、煌我が凜々しい笑みを浮かべてサムズアップした。

「ちょっとわからんとこもあるけど、だいたいわかった!」

「ごめん、俺の語彙力が足りない」

「いや、わかるよ。要するに、ブロックの向こう側が見えるようになるってことだろ?」

「それだ」

 ズバリ的を射た言葉が返ってきて、なんだか負けた気がして無性に悔しい。

 けれど、今は語彙力を争っている時じゃない。コツン、と琉聖は煌我と拳を重ねた。

「いくぞ、煌我。おまえのことは、俺が責任を持って打たせる」

「おう、頼んだ! 上がったトス、軒並み全部決めてくるからよ!」

 十二対十一。

 正南学園の強烈なサーブを攻略し、実里丘が再びリードを取り返した。

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