4-1.
琉聖が戻った途端、アタッカー陣が息を吹き返したように得点を挙げ始めた。
煌我のパイプ攻撃が決まり、オグのAクイックが決まり、左京のブロックアウトが決まって、実里丘がこのセット初のリードを奪った。鮮やかな逆転劇は、まるで格上の正南学園相手に連係攻撃のなんたるやを見せつけているようだった。
とはいえ、正南学園とて一方的にやられているわけではない。今もちょうど二年生ミドルの速攻が決まり、スコアは九対七。裏エースの名越がサーブに下がり、頼れるエースの主将・井波が前衛に上がってきた。
迎え撃つ実里丘の現在のローテは、前衛のレフトに煌我、センターに雨宮、ライトに琉聖。後衛はバックライトに左京、バックセンターにリベロの伊達、バックレフトに右京という並びだ。
「さすがだな、久慈」
サーブレシーブのためネット際についている琉聖に、ネットを挟んだ向かい側に立つ井波が笑いかけてきた。
「おまえがコートに戻った途端、このザマだ。もしもおまえたちが勝ったら、このゲームのヒーローは間違いなくおまえだろう」
なにを言い出すかと思えば。琉聖は首を横に振った。
「セッターなんて永遠の裏方ですよ。ヒーローってのは、あんたたちアタッカーがなるもんだ」
井波は一瞬目を大きくして、「謙虚なヤツだ」と言って笑った。その言葉の意味がわからず、琉聖は首を傾げる。
謙虚だとは思わない。事実を口にしただけだ。
アタッカーの活躍をアシストするためのポジション。相手の強打に果敢に飛びつき、ギリギリのところで華麗に拾い上げるレシーバーよりもなお華のない、観客の印象にもっとも残らない地味な存在。それがセッター。表舞台に立つことはない、裏方中の裏方だ。
それでもよかった。ヒーローにはなれなくても、セッターにはセッターのおもしろさがある。
誰を打たせるか。どうやって打たせるか。どうしたら相手を翻弄できるか。どうすればスマートに勝てるか。
バレーをよく知らない人にはきっとわからない。ゲームを作り、動かしているのはアタッカーじゃない。セッターだ。自分では得点を挙げられなくても、バレーを楽しむ方法はある。裏方には裏方なりの楽しみ方があるのだ。
バレーは、セッターは、おもしろい。
そう思える今がとてつもなく幸せだった。この前向きな気持ちのまま、勝ちたい。
「雨宮さん」
同じようにネット際に上がっている雨宮の名を呼び、視線が自分をとらえるのを確認してから、琉聖は胸の前で左の薬指と小指を立てて攻撃サインを出した。雨宮は「えっ」と目を見開く。
「大丈夫なのか、腰は?」
「俺のことは気にしなくていい。今は2番が前衛にいるんだ、少しでも散らしておかないと」
琉聖が出したサインはDクイック――センターからライト方向へ走りながらの移動攻撃だ。バックトスで雨宮へトスを供給することになるが、背番号2・二メートル二センチの二年生ミドルが前衛にいる以上、彼の真正面から攻撃することになるAクイックでは身長で勝る相手に分がある。ここはブロードを賢く使って少しでも相手ブロッカーの動きを鈍らせたい。
琉聖の意思は伝わったらしく、雨宮は難しい顔でくしゃくしゃと髪をかき乱した。
「どうなっても知らんぞ」
「大丈夫です。この試合にバレー人生をかけるって決めたんで」
おいおい、と雨宮がさらに表情を険しくしたところで、名越のサーブが打ち込まれた。
強烈な一球が左京を襲う。左京は顔をしかめながらもボールの勢いを殺し、できる限り琉聖の待つセットアップポジションに近いところを目指してボールを運んだ。
「りゅうせー!」
「ナイス左京!」
とはいえ、ボールはネットからやや離れている。琉聖は落下点へと走り、ひょいと軽くジャンプすると、からだを後ろへ反らし、ノールックでDクイックのトスを振った。
「雨宮さん!」
「はいよ!」
ドンピシャの位置へトスが飛ぶ。右方向へ走りながら左足一本で踏みきった雨宮が、腕をピンと伸ばしきった高い位置でトスを叩いた。スパイクはふたりのブロッカーが作り出す隙間をきれいにすり抜け、正南学園コートのど真ん中で跳ねた。
「よし!」
雨宮が拳を握りしめる。序盤はセッター役に徹していてスパイクを打つ機会がなかったので、いつも以上に嬉しそうな顔をした。
「ナイススパイク、雨宮さん!」
「おまえもな! ナイストス!」
笑顔でハイタッチを交わす雨宮と琉聖。ブレイク中の険悪ムードはもうどこにもない。
「どうだ、腰は?」
雨宮はまだ不安そうだが、「だから大丈夫だっつってんでしょ」と琉聖は素っ気なく答える。実際のところはあと何回ライト攻撃を使えるだろう、という感触だ。今のところ痛みは出ていないけれど、不安がまったくないわけではない。
十対七。次は琉聖のサーブだ。
できればサーブも攻めていきたいところだったが、慎重を期してジャンピングフローターを封印し、スタンディングフローターで確実に入れていく道を選んだ。
打点が下がり、速度の落ちた琉聖のサーブは、相手ミドルのAクイックであっさりリターンを決められてしまった。十対八。正南学園はセッターがサーブに下がり、前衛のアタッカーが三枚になる。
相手セッターの強烈なジャンプサーブが打ち込まれた。「おぁっ!」と煌我がレシーブに失敗し、真上よりやや後ろ気味にボールが上がる。
「俺がいく!」
琉聖が走った。
ネットに背を向けていて、おまけにボールはサイドラインの外だ。レフトで右京がトスを呼んでいるが、ここからじゃ十メートル超えのロングトスになる。上げられないこともないが、右京じゃ打ちきれない可能性が高い。
「久慈! センターだ!」
その時、センターのアタック位置で雨宮がトスを呼んだ。ありがたい。センターならレフトまで持っていくよりも距離が短い。センターから高いトスで攻撃することは長身のブロッカーが待ち構えているので不利だが、それでも、ここは雨宮を信じるしかない。
「雨宮さん!」
「オッケー!」
雨宮のスパイクは相手ミドルの指先をかすめ、コートエンドへ向かって大きく跳ね上がった。バックセンターに入っていた名越が追いつき、リベロが二段トスを上げ、ラストは前衛レフトの井波がチャンスボールを返してきた。
「オーライ!」
伊達のレシーブ。前衛に上がったばかりの右京を含めた三人のアタッカーでの連係攻撃だ。
「6!」
右京が呼んだ。琉聖もその声を待っていた。
トスを上げる。おとりとしてAクイックのモーションで飛んだ雨宮の陰から、隠れるように助走に入った右京が飛び出す。
快音。ほぼノーブロック状態での時間差攻撃が鮮やかに決まった。
「ナイス、右京!」
琉聖は笑顔でハイタッチしに行ったが、右京はなにやら神妙な面持ちで琉聖を見ている。
「うーん」右京がうなる。「やっぱこっちのがいいよねー、琉聖的にも」
「え?」
「ライト平行じゃ腰にくるでしょー? バックトスになるからー」
ハイタッチしながら、右京は「大丈夫ー?」とさりげなく琉聖のからだを気づかってくれた。
じんわりと胸があたたかくなる。雨宮も、右京も、彼らだけでなく、みんなが琉聖のことを気にかけてくれる。
星川東中時代にはなかったできごとだ。琉聖のことなど、いや、琉聖に限らない。チームメイトは皆、他のメンバーの様子になどさっぱり興味を持たなかった。
チームと言いながら、あの頃は全員が個人プレーに走っていたのだと今だからわかる。全員が全員、ひとりよがりでわがままな選手だった。
互いのプレーや気持ちを尊重し合い、一丸となって敵と戦う。それが本来の、チームとしてのあるべき姿。大切なことを教えてくれたのは、今ここにいる仲間たちだ。
「ありがとう、右京」
琉聖は右京の肩をポンと叩いた。
「助かるよ」
「当たり前だよー。チームってそういうもんじゃーん」
まったくだ。今さら理解したことが恥ずかしくなって、「さぁ、一気にいくぞ!」と琉聖は照れ隠しに声を張った。




