9-1.
「だーもうッ!」
煌我がライト側から放った強打を、井波に真正面で食い止められた。正南学園のお家芸、ブロックによるファーストポイント。高層ビルのような鉄壁に渾身のスパイクを阻まれ、煌我は悔しさを露わにする。
「ドンマイ、佐藤! 次だ、次!」
雨宮をはじめ、みんなが煌我とハイタッチして励ます。
「煌我」
琉聖は煌我に耳打ちした。
「もう一本いくぞ」
「お?」
「次は決めろよ。ブロッカーの手をよく見て」
ポンポンと煌我の背を叩く。煌我はにんまりと笑った。
「しゃあ! まかせとけ!」
威勢のいい返事だったが、そんな煌我の気合いも虚しく、相手セッターの二本目のサーブを右京がコートの外へ大きく弾き出してしまう。
〇対二。正南学園がいい流れを作り始め、実里丘は苦しい立ち上がりとなりつつある。
相手のジャンプサーブは連続得点の勢いに乗り、さらに速度を増した球が伊達めがけて打ち込まれた。レシーブボールをなんとかコートの中に残すも、琉聖のもとには返らない。
――くそ、間に合わねぇ!
落下点に入りきれず、アンダーハンドでトスを上げることになった。「右京!」とレフトの右京へ高らかなオープントスを振る。
「そいっ!」
右京はブロックアウト狙いでわざとふかすような軌道で強打を放つ。狙いどおり、右京の正面でブロックに飛んだオポジットの選手の指先をかすめるも、バックセンターの守備についていた裏エース、名越にレシーブされてしまう。トスはレフトで待つ井波のもとへ。
井波が剛腕を振り抜いた。ボールは右京の右手をさらに右をすり抜け、サイドラインすれすれのストレートコース、琉聖のもとへと放たれた。
「くっ!」
ノータッチの剛速球が琉聖を襲う。腕というより、ほとんど右肩にボールは当たった。顔をかすめかけたレシーブボールは、コートの外、実里丘ベンチのさらに後ろへと飛んでいく。
琉聖は歯噛みする。今のは悔しい。ほとんど正面に入っていたのに、パワーで押しきられた。
〇対三。正南学園ペースで試合は進む。
「煌我!」
四本目のサーブレシーブから、琉聖は約束どおり、煌我に二度目のトスを上げた。レフト平行。オープンよりも低い弾道の速いトス。
「よっしゃあ!」
煌我は気合い十分で強打を放つが、やはり二メートル超の二年生ミドルの手に当たり、球速がガクッと落ちる。
相手セッターの選択は、ライトへの低い平行トス。煌我と雨宮による二枚ブロックは、雨宮がやや対応に遅れた。オポジットのライトアタッカーはふたりの間にわずかに生じた隙間をしっかりと狙い、バックセンター・左京のすぐ左側に強烈なスパイクを打ち込んだ。左京は手を出すも拾いきれず、〇対四。正南学園応援団によるどんちゃん騒ぎが勢いを増す。
「すまん! ブロック遅れた!」
すべり込む時間さえ与えられず、左膝をついた状態で悔しそうに固まっている左京に手を貸しながら、雨宮が謝った。
「はぁー。速いよー」
「次はワンタッチとるから」
「雨宮さん」
ここで琉聖が動いた。胸の前で両手をアルファベットの『T』の形にし、雨宮に示す。タイムアウトを取ろうという意思表示だ。
雨宮はうなずき、即座に副審のもとへと走って「タイムお願いします!」と言った。副審が笛を吹き、琉聖と同じように『T』のハンドサインを主審に送る。
「立て直すぞ」
両チームのメンバーがベンチへ戻り、琉聖は厳しい口調で指示を出した。
「レシーブ、しっかり上げていこう。練習でやってきたことを思い出して、一つ一つの動きを丁寧に、集中して。レシーブさえ上げてくれればあとは俺がなんとかする」
「なんとかするって」
雨宮が眉をひそめる。
「久慈、おまえ……?」
「とにかく」
言いかけた雨宮を遮り、琉聖は話をまとめた。
「アタッカーは、ブロッカーの手と相手コートをよく見て。ブロックが二枚以下なら必ず隙ができる。ブロッカーの手を利用してもいい。しっかり考えながら打てば、スパイクは絶対に決まるから。まずは一点、確実に取りにいこう」
オッケー、とアタッカー陣から返事が上がるのと同時に、副審の笛がタイムアウト終了を知らせた。円陣を組んでから、六人がコートに戻る。
サーブレシーブの位置につきながら、琉聖は小さく息を吐き出す。一セット二回までしか使えないタイムアウトの一回を、こんなにも早い段階で消費してしまった。この先苦しくなった時、うまく持ちこたえる方法を考えておく必要がある。
相手セッターの五本目のサーブ。シュルルッ、とドライブをかけて上がったトスが、やや前方に流れた。
空中で体勢がわずかに崩れる。速度のあるジャンプサーブは、ネットを越えず、正南学園のコートに落ちた。サーブミスだ。
「よっしゃあ! ラッキーラッキー!」
煌我が嬉しそうにガッツポーズした。本当にラッキーだった。タイムアウトを取ったおかげで相手のリズムが狂ったのだ。結果論だが、貴重なタイムを消費したかいがあった。
一対四。実里丘のファーストサーバーは雨宮だ。ベンチにいたオグがリベロの伊達と交代し、前衛に上がってくる。
雨宮のサーブから、相手は二年生ミドルのAクイックで切り返してきた。再び四点差がつくが、ならばこっちもと琉聖はオグのAクイックで反撃を仕掛けた。
二対五。左京が前衛に上がり、煌我にサーブが回る。
煌我のジャンプサーブが爆速で飛んでいく。サービスエースにはならなかったが、しっかり崩してチャンスボールが返ってきた。味方のアタッカーは前衛に三人。
「6!」
右京が時間差のトスを呼んでいる。有効打だ。積極的に使っていきたい。
琉聖はセンターにふわりとトスを放る。オグのAより少し高め。オグがおとりで飛んだすぐ後ろから、隠れるようにして助走を取っていた右京が跳ねた。
「甘い!」
右京の前に、井波による高い壁が立ちはだかった。一枚ブロックだったが、スパイクは井波の手をかすめ、拾われてしまう。
井波はすぐに助走の体勢を作り、叫ぶようにトスを呼んだ。レシーブはネットから離れている。相手セッターはやや無理な体勢からレフトの井波へトスを放った。
けたたましい音を伴い、井波のスパイクはまたしてもストレートコースで待つ琉聖を狙って打ち込まれた。
右京の右手をかすめてサイドラインの外へと軌道が逸れたボールを、琉聖は床を這い、からだを張って受け止める。「オーライ!」と右京が二段トスをレフトの左京に振った。
高く上がった弟・右京の二段トスを、兄・左京が叩いたが、二メートルの壁は高い。
ブロックポイントを決められ、二対六。なかなか四点差が縮まらない。
「ねぇ、久慈」
サーブレシーブの位置についた琉聖に、伊達がそっと声をかけてきた。
「あっちのキャプテン、さっきからストレートばっかり打ってきてない?」
「え?」
そういえば、と琉聖はネットの向こうの井波を見やる。
伊達の言うとおりだ。これまで井波が放った二本のスパイクは、どちらも琉聖の守備位置であるバックライトを狙ったストレートコースに打ち込まれていた。
よほど大きな穴でもない限り、同じコースへ連続してスパイクを打つということは通常なら考えにくい。一度打たれたコースに対しては、レシーバーなりブロッカーなりが対応してくるはずだからだ。
事実、琉聖は一本目こそコートの外へと弾いてしまったが、二本目はしっかりと上げることができた。右京のブロックにもしっかりと触れていた。どれだけ速いスパイクでも、コースが読めてさえいればレシーブすることもブロックすることも難しくない。
井波だって、そんなことはセッターの琉聖よりもずっと深く理解しているはずだ。なのに、なぜ。
「まさか」
琉聖はごくりと喉を鳴らす。
「わざと、俺を……?」
ネット越しに井波と目が合う。
井波の口角がつり上がった。




