7.
正南学園応援団がお祭り騒ぎをくり広げる。煌我のスパイクが三本連続でシャットアウトされたのだ。
二十対二十。両チームのスコアが再び並んだ。
「くっそぉ!」
ジタバタと悔しさを爆発させる煌我。琉聖は冷ややかに「切り替えろ」と声をかけた。
「三枚ブロックじゃどうしようもない」
「どうしようもなくない! どうにかする!」
完全に意地になっていた。言い返す気にもなれない。せめてブロックアウトを狙うなどの工夫くらいしてほしいと思うのだが、今の煌我にはなにを言っても響かないだろう。
サーブレシーブの体勢を整えつつ、琉聖は頭を働かせる。
前衛にオグと煌我しかいない上に、レシーブが乱されまくっている。オグの速攻の線が消えれば、煌我にトスを振らざるを得ない。
結果、鉄壁の三枚ブロックの餌食となってあえなく失点。三度も続けばチームの雰囲気は地に落ちる。淀んだ空気がコート内を漂っていた。
キャプテン・井波のサーブが強烈ならば、裏エースである背番号4・名越のサーブもまた強烈だった。おまけに名越は全体的にミスの少ない選手で、サーブも確実に入れながらある程度の威力を常に保ってくる。一筋縄ではいかない相手だった。
どうする。
琉聖は額の汗をそっと拭う。ベンチから檄を飛ばす雨宮の声がかすかに聞こえた。
事実上、前衛アタッカーのふたりともがつぶされてしまっている。だが、できれば同点である今のうちに相手の連続得点を食い止めたい。
考えろ。考えろ。琉聖は自分で自分に発破をかける。
このままじゃ負ける。なんとかしろ。ここでなんとかできなければ、……なんとかできなければ。
苦い思い出が蘇る。大事な場面で、判断を誤った時の記憶。
いけない。持っていかれる。心を乱している場合じゃないのに。
「久慈」
コート内から声をかけられた。唯一の二年生、伊達だった。
「まだ負けてない。ここからじゃないか」
その口調は穏やかで、眼鏡の奥の瞳はどこまでも澄みきっていた。
心にたまった澱がすぅっと消えていくのを感じた。彼の言うとおりだ。あきらめてたまるか。
冴え返った頭で、琉聖は相手コートをじっと睨む。ふと、セッターの姿が目に留まった。
琉聖とは違い、相手セッターは珍しくジャンプサーブの使い手だった。それを思い出した瞬間、ひらめいた。
笛が鳴る。名越のサーブは、確実に入れつつやはり強烈な一打だった。
だいぶ慣れてきたようで、伊達がきっちりと落下点に入ってレシーブする。琉聖の頭上、ドンピシャの位置にボールが上がってきた。
「1!」
「3!」
オグはAクイック、煌我は平行――オープンよりやや低い弾道のトスを呼ぶ。
いいレシーブが来ている。しかし、琉聖はどちらの声も選ばなかった。
トスアップの体勢に入ったと見せかけ、通常よりも気持ち深く膝を曲げて跳び上がった。額の前で両手を構えるフリをして、左腕だけを高く伸ばす。
左手一本でボールに触れた。トスを上げるつもりはない。そのまま素早く手首を返し、相手コートへボールを強くはたき落とした。
タァンッ。
高い音が響き渡る。
正南コートのほぼど真ん中で、琉聖の叩き込んだボールが床を跳ねた。ブロックに飛べなかった二年生ミドルが、唖然とした表情で背後を振り返った。
着地の直後、主審が笛を鳴らした。セッターによる唯一のフェイント攻撃、ツーアタックが決まった。
「うぉおお! ナイス琉聖!」
煌我が一番に駆け寄ってきて、背中をバシバシ叩かれた。
「すげぇな、ツーか! ツーなんて打てたのか、おまえ!」
ツーアタックとは、本来ならレシーブ、トス、アタックと三回のボレーで相手に攻撃するところを、二本目でトスを上げず、レシーブボールを直接アタックするという二回のボレーで攻撃を仕掛けるパターンのことだ。ボレーは三回以内が大原則。二回で返しても問題はない。
「寝ぼけたこと言ってんじゃねぇよ」
煌我の手を振り払い、琉聖はつぶれかけのエースアタッカーを睨んだ。
「おまえがまともに打てないせいで、ツーなんてセコい技に頼るしかなくなったんだろ。自覚しろよ。豪快に決めていい流れを引き寄せるのがエースの役目じゃねぇのかよ」
「わ、わかってるよ」
「わかってるなら……」
言いかけた時、琉聖の表情が歪んだ。
ピキ、と腰に嫌な痛みが走った。ピリピリと細かい電流が流れ、徐々に痺れていくような感覚に襲われる。
「琉聖?」
顔を伏せ、息を詰まらせながら右手でそっと腰を押さえた琉聖を、煌我が覗き込むように見つめる。
「どうした?」
「……なんでもない」
膝をかかえ、その場に一度しゃがみ込む。痛みはすぐに和らいだ。
ちくしょう、と顔を伏せてつぶやく。ツーなんてやるんじゃなかった。まだ一セット目だっていうのに――。
立ち上がり、琉聖は改めて煌我に言った。
「とにかく、よく考えて打てよ、煌我。そうじゃないと負けるぞ、この試合」
伝わらないだろうなと半ばあきらめつつ、タイムアウト中と同じ話をくり返す。ツーアタックはそう何度も使える技じゃない。アタッカーがスパイクを決めてはじめて、チームの勝利が見えてくるのだ。
こういう時、セッターは無力だといつも思う。自分では点を取りにいくことが難しいポジションであることが歯がゆくてたまらない。
憲翔の言うこともあながち間違いではなかった。点の取れないプレイヤーに、いったい誰を倒すことができるだろう。
琉聖にサーブが回ってくる。狙い定めた際どいコースに打ち込み、一本、サービスエースを取った。
右京が前衛に上がってきた絡みもあり、順調に得点を重ね、スコアは二十三対二十と三点差がついた。琉聖のサーブは次で三本目だ。
一つ前のラリーで、井波がスパイクを大きくふかしてアウトにした。焦りがプレーに出始めている。一気にたたみかける絶好のチャンスが巡ってきた。
井波を狙い、ストレートコースにサーブを打った。やや長めに打ったためか、井波はオーバーでカット。しかしボールは大きく後ろへと逸れ、オポジットの選手が慌ててフォローに入る。
うまいトスにはならず、スパイクまでつながらなかった。実里丘コートにチャンスボールが返ってくる。
「おっけー!」
バックセンター・左京のレシーブ。
「1!」
「6!」
オグがAクイックを、ライトアタッカーの右京が別のトスを呼んだ。これまでなかなかチャンスに恵まれず、お預けをくらっていた攻撃サインだ。
練習どおり、オグがAのタイミングで助走に入っている気配を察する。オーケイ、と琉聖は心の中でつぶやいた。
琉聖がトスを上げる。琉聖のすぐ目の前でジャンプしたオグが、素早く右腕をスイングさせた。
その手にボールは当たらなかった。ボールはまだ宙を舞っている。
オグはAクイックを打つフリをし、おとりになったのだ。ネットの向こう側で、二年生ミドルがオグの動きにまんまと引っかかってブロックに飛んでくれた。
トスボールがようやくゆっくりと落ちてくる。そのボールを叩いたのは、ライト側から斜めに切り込んできた右京だった。
「そいっ!」
着地したオグの陰から、右京がひょこっとジャンプアップして強打を放った。正面で右京をマークしていた井波がブロックに飛んだが、わずかに遅れ、ほとんどノーブロック状態で打たせてもらえた。
鋭角に打ち抜かれた右京のスパイクが、正南コートで快音を鳴らした。驚愕の表情でボールを振り返った井波が声を絞る。
「時間差……!」
琉聖は右の口角をつり上げた。
時間差攻撃。オグのAクイックにトスが上がったと思わせておいて、その後ろから別のアタッカー、今回の場合は右京がオグよりもわずかに遅れてジャンプし、Aクイックより少し高めのトスを叩くという攻撃だ。
ふたりのアタッカーが同じセンターの位置で縦並びに重なって跳び、低くトスが上がればA、やや高めに上がれば時間差。どちらが打ってくるかはトスが上がるまでわからないため、相手ブロッカーを惑わすことができる。そうやってブロックの枚数を減らすことで、右京のような小さいアタッカーでも今のような鋭角なスパイクを打たせてもらえるようになるのだ。
長いこと機会に恵まれなかった隠し球がようやく決まり、嬉しくなる。「ナイス、右京!」と琉聖は右京に声をかけた。
「うまくいったねー」
右京も嬉しそうだ。「おう」と琉聖は右京とハイタッチを交わす。
「いい感じだな。タイミングが合えば積極的に使っていこう」
「おけー。おれもそのつもりでたくさん入るよー」
二十四対二十。先にセットポイントに到達したのは実里丘だった。
「ラストー! 集中ー!」
ベンチからの雨宮の声にみんながこたえ、琉聖もサーブに集中する。
点差はあるからと再び際どいコースを狙ったが、今度はあっさりセッターへ返球されてしまった。
「速攻くるぞ、オグ!」
琉聖はコート内に戻りながら指示を飛ばす。読みが当たり、相手セッターは二年生ミドルのAクイックを使ってきた。
バチンッ!
空中の長身対決。相手の強打に、オグがひとりで立ち向かった。
トン、とボールが床を跳ねる。落ちたのは、正南学園コートの中だ。
「わぁ……!」
着地したオグが、目をぱちくりさせながら自らの両手をまじまじと見つめる。この試合、はじめてのブロックポイントが上がった。
「よっしゃあああ大二郎ぉおおお!」
煌我がオグに飛びついた。他のみんなも、両手を突き上げて一斉にオグへと駆け寄っていく。
二十五対二十。
実里丘高校が、古豪・正南学園から第一セットを奪取した。




