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CHANGE ~県立実里丘高校男子バレーボール部の受難~  作者: 貴堂水樹
第2セット 孤独な天才

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5-2.

   〇


「おー、すごい。剛速球!」

 ギャラリーを埋め尽くす正南学園応援団の片隅で、憲翔と同じ一年生のチームメイトが、実里丘のエースアタッカーが決めたサービスエースに目を丸くした。

「やるなぁ。あいつも一年なんだろ、憲翔?」

「らしいね」

「意外と粒揃いなんだな、実里丘って。なんかもっと弱いチームなのかと思ってたけど、普通にってるし、スコア」

「弱いよ」

 憲翔がぼそりとつぶやいた。

「え?」

「弱いよ、実里丘なんて」

 琉聖がいるから、なかなか突き放させてもらえない。そんな風にだけは絶対に思いたくなかった。実里丘だって他の公立校と同じ、ろくな選手も指導者もいない、強くなれる環境にないチームの一つに過ぎないのだ。

「こんなところで負けたらマジでぶっ飛ばすからね、部長」

 眼下の井波を、睨むように見つめる。

 二対三。

 実里丘にリードされる展開など、許されていいはずがない。


   〇


「どうだぁ琉聖!」

 煌我が琉聖の額にビシッと人差し指を突きつけた。

「やっぱりおれは強打で崩せる!」

 ダイナミックなジャンプサーブでサービスエースを決め、煌我は興奮した牛のように鼻息を荒げている。「言ってろ」と琉聖はあきれ顔で煌我から目を逸らした。

「サーブとスパイクじゃ比較にならない」

「そんなことねぇって! スパイクだって、おもいっきり打てば三枚ブロックでもぶち抜けるから!」

「だーもううっせぇな! あんまりごちゃごちゃ言ってっとトス上げてやんねぇぞ!」

「すいませんでしたァ!」

「「素直だなー」」

 光の速さで琉聖に頭を下げた煌我の横で、双子がのんびりと声を揃える。「ったく……」と吐き捨てた琉聖は、サーブに下がる煌我から双子へと視線を移した。

「左京、右京」

「「なにー?」」

 現在ともに前衛である双子と小さく輪を作った琉聖は、声をひそめて指示を出す。

「おまえたちへの平行トス、いつもより少し長めに上げるぞ」

「長めー?」右京が言った。「てことはー、コートの外に流れてくような感じー?」

「そういうこと。相手は特にセンター寄りのブロックが高い。おまえらふたりみたいに背の低いアタッカーじゃ、トスが短くなるとどうしてもブロックに捕まっちまう。だから、これからしばらくの間はわざと長めにトスを上げて様子を見たいんだ」

「てことは、つまりー」

 左京が言うと、右京も同時に口を開いた。

「「ブロックアウトを狙えばいいんだねー」」

「大正解」

 琉聖がサムズアップすると、双子も真似して親指を立てた。

 バレーボールのルールでは、最後にボールを触った選手がどこにボールを落としたかによって、どちらのチームに得点が入るかが決まる。つまり、相手ブロッカーの手に当たった上でボールが相手コートの外へ落ちれば、最後にボールを触ったのがブロッカーなので、アウトになっても自チームの得点となる。ブロックアウトという、相手ブロッカーの手をわざと利用して得点するスキルだ。

 煌我と違い、最上兄弟はからだが小さい。一方で、彼らは小回りの利く器用さを持っている。その特性を生かして体格差をカバーするために、琉聖はトスの位置を微調整してブロックアウトを取らせやすくした。琉聖にできることはここまでだ。あとはふたりがうまくやってくれることを願うしかない。

 左京がまったりとした口調で言った。

「やっぱりすごいんだねー、りゅうせーって」

「あん?」

「だってまだ三対二なのにさー、もう相手の動きに合わせてトスの修正かけちゃうわけでしょー? 見極めるの早くなーい?」

 胸の奥がざわついた。褒めてくれているのだろうが、少しも嬉しいとは感じない。

「普通だろ」

 琉聖は双子から目を逸らした。

「アタッカーを打たせるのが、俺の仕事だから」

 アタッカーに点を取らせるのがセッターの役目だ。いかにして相手ブロッカーの数を減らすか。いかにして味方のアタッカーが打ちやすい環境を整え、彼らの思い描く理想のスパイクを打たせてやるか。それだけを考えて、いつも試合に臨んでいる。

 琉聖の意見も一応伝える。この相手には、こういう攻撃が有効なのではないだろうかと。

 そうした進言はいつも無視された。アタッカーは、アタッカーの理想にしか興味がない。セッターの理想になど耳を傾ける価値はない。彼らはいつだってそういう態度を取った。

 ちょうど、先ほどの煌我のように。

 ピッ、と主審が笛を吹いた。琉聖の顔に落ちた影を切り裂くように、煌我の剛速球ジャンプサーブが頭上を通過していく。

 サーブレシーブがやや乱れ、レフトで待つオポジットの選手にトスが上がった。

「せーのっ!」

 右京と雨宮による二枚ブロックが封じにかかる。しかし。

 ――フェイント!

 バックライトを守っていた琉聖が弾かれたように走り出す。相手の放った攻撃は、強打ではなく、アタックライン上にふわりと落ちるフェイントだった。

 ちょうどAクイックの助走開始位置あたりを狙ったフェイントボールに対し、琉聖は右手を伸ばして腹ばいにすべり込んだ。しかしあと一歩及ばず、ボールは無情にも床の上を跳ねる。フロントレフトの位置から左京も同じ場所めがけて突っ込んできていたけれど、左京がうまくけてふたりの衝突はまぬかれた。

「ごめーんりゅうせー」

 左京が立ち上がりながら言った。

「今の、おれがいくよー」

「いや、厳しいだろ。ここなら俺のが近いから」

「けど、りゅうせーはなるべく一本目を触らないほうがよくなーい?」

 左京の意見はもっともだった。

 セッターが一本目を触ってしまえば、セッター以外の誰かがトスを上げなければならなくなり、二段トスからの遅い攻撃では相手ブロッカーにバッチリ対応されてしまう。特に正南学園のような長身選手の揃っているチームを相手にする時は、高い壁を形成される時間をなるべくなら作りたくない。速くて正確なトスを上げられる琉聖は、こういう相手の時こそ積極的にレシーブをすべきではないのだ。

「わかった」

 琉聖は納得して身を引いた。

「じゃあ、よほどライト寄りに落とされない限り、フェイントの処理は前衛にまかせる。煌我、おまえもそれでいいか?」

 バックセンターを振り返りながら琉聖が意思確認をする。煌我は不機嫌な顔で相手コートを睨んでいた。

「煌我?」

「ずるい」

「え?」

「やっぱりずるいぞ、フェイントなんて」

 琉聖はあきれて天を仰いだ。こいつもやっぱり、考えなしの大バカ野郎だ。

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