5-1.
正南学園も、ファーストサーバーはセッターだった。琉聖とは違い、相手セッターはスパイクフォームで放つ強烈なジャンプサーブの使い手だった。
一本目とあって慎重を期したのか、サーブの威力はそれほど強くなかった。おまけにリベロの伊達のもとへと飛んできて、勢いを殺したレシーブボールはきれいに琉聖のもとへと上がる。
「1!」
ネット際に上がっていたオグがサーブの打ち出しと同時にアタックラインまで下がり、センターの位置から助走に入ってトスを呼んだ。『1』はAクイックに入ることを示すサインだ。
なにかとトロいオグは、Aクイックの習得にも人一倍時間がかかった。けれど、今はちゃんと練習どおりのタイミングで助走に入ってきている。オーケイ。琉聖はオグの気配をからだで感じながら、軽くジャンプして低くトスを放った。
ボールが琉聖の手を離れた瞬間、オグが長い右腕を振り下ろした。
快音、とはいかなかった。相手ブロッカーの左手に、オグの打ったスパイクが引っかかった。
ボールは本来の軌道から大きく右に逸れたものの、速さを保ったままバックレフトのプレイヤーの前に落ち、同点に追いつく。「よっしゃー!」と煌我が誰よりも早く喜びを表した。
どうにか打ちきったオグはホッとした表情を浮かべているが、琉聖の瞳には険しい色がにじんだ。
読まれている。
若干跳び遅れてはいたものの、相手のミドルはあらかじめオグの速攻にブロックの照準を合わせていたように見えた。オグにはAクイックのトスしか上がらない。Aしか打てないからだ。井波は実里丘の第一試合を見ていた。バレているのだ、オグにはAしかないと。
オグのブロックについていた相手のミドルブロッカーが監督から怒鳴られている。背番号2を背負う彼が、身長二メートル二センチの二年生レギュラーだ。肩をすぼめて小さく返事をする姿がなんとなくオグに似ているなと琉聖は思った。気の弱そうな選手だ。つけ入る隙があるかもしれない。
続いてのラリーはオグのサーブから始まり、サーブレシーブからあっさりと切り返した正南が取って、一対二。今度は実里丘がサーブレシーブからのリターンで攻める番だ。
オグが後衛に下がったので、対角のミドルブロッカーである雨宮が前衛に上がってくる。煌我と雨宮の組み合わせは悪くない。連係攻撃のバリエーションが多い雨宮で相手ブロッカーをかく乱し、煌我への三枚ブロックを回避できる可能性を高めたいところだ。
二年生ミドルのサーブはショボかった。おかげでレシーブはきっちり琉聖のもとへと返ってきたが、サーブレシーブからの速攻は先ほどブロックに止められかけたので一旦回避。煌我にトスを振った。この二週間でめいっぱい練習してきた、緩やかに高く上がるオープントスよりも弾道の低い平行という種類のトスだ。
「煌我!」
「おっしゃあ!」
ボールに触れる直前で背中を反らせた琉聖のトスは、ライトで待つ煌我のもとへ。豪快なスイングから放たれた煌我のスパイクはブロックに飛んだ相手ミドルの指先をかすめ、クロス方向のサイドラインを越えてコート外へと落ちた。
ブロックアウト。コートの外でボールが落ちても、正南学園のブロッカーがボールに触れていたため、実里丘の得点となる。
「よっしゃー! ナイストス、琉聖!」
求められるまま右手を重ね合わせながら、琉聖は「無理に打ちきろうとするな」と煌我にアドバイスを贈った。
「今のブロックアウト、狙ったわけじゃねぇんだろ?」
「おう。ブロックの上からぶち抜いてやるつもりだった」
「それじゃダメだ。偶然に頼るな」
「偶然じゃない! ちゃんと打った!」
「聞け」琉聖は煌我を遮る。
「正南は初戦の相手とは違う。簡単に上を抜かせてもらえるほどブロックは低くない。ブロッカーの手をよく見ろ。三枚じゃどうしようもないけど、二枚なら必ず隙ができる。おまえはしっかりコースを狙えるアタッカーだ。力で押すばっかりじゃなくて、小技も交えてもっと戦略的に攻めていかないと」
「小技って?」
「インナーを狙うとか、フェイントを入れるとか」
「フェイント!」
煌我が素っ頓狂な声を上げた。
「嫌だ! フェイントなんて使わねぇ!」
「はぁ?」
「あんなのは逃げだ! おれは強いスパイクを打って相手を倒す!」
琉聖の口から舌打ちがこぼれた。
「よく考えろ。あれだけ高いブロッカーが揃ってんだぞ? 強打だけの一本調子で打ち崩せるわけがない」
「そんなのやってみなくちゃわかんねぇだろ!」
「わかるって! 世界戦の代表選手だってみんなそうだろ。強打だけで勝てるほどバレーは甘くない!」
「こら、もめるな」
コツン、と雨宮が琉聖と煌我の頭の上に拳を落とした。
「眞生と交代させるぞ?」
「「嫌だ!」」
デコボコ一年生コンビの声が重なる。雨宮は笑った。
「ほら、佐藤。おまえのサーブだ。さっさと行け」
「わかってるっすよ!」
鼻息荒く、煌我はエンドラインへと向かう。琉聖も高ぶった気持ちを落ち着けるべく、大きく息を吐き出した。
「そうカッカするなよ、久慈」
雨宮が琉聖の肩を叩いた。
「そのうちあいつ自身で理解するよ、今のままじゃダメだって」
「……そうは思えないけど」
「そんなことない」
雨宮は穏やかな目つきで、サーブのためにエンドライン後方へ大きく下がった煌我を見やった。
「ああいうヤツは、一度きっかけを掴んだら強いよ。一瞬でうまくなる」
雨宮は嬉しそうに煌我を見つめた。雨宮の視線を追い、琉聖も今一度コートエンドに目を向ける。
どうだか、と心の中だけでつぶやいた。さっきの煌我の発言を聞く限り、彼が信念を曲げるとはとても思えなかった。




