2.
翌週には組み合わせ抽選の結果が発表され、部員全員に伝えられた。
くじ運は最悪だった。トーナメントの一回戦を勝ち上がると、次でさっそくシード校と当たるブロックに入ってしまった。
それも、ただ強いだけの高校ではなかった。中学ナンバーワンセッターであった琉聖は、その高校から進学のオファーを受けていたのである。
「正南学園かぁ」
金曜の放課後、体育館。ひとり一枚配られた組み合わせ抽選の結果を示した用紙を見て、煌我が言った。
「シードってことは、前回大会で四位以内に入ったチームなんだよな?」
「二位だよ、正確に言うとね」
伊達が眼鏡を押し上げながら答えた。
「私立正南学園高校。かつては愛知四強としてその名を轟かせていた伝統ある強豪校で、四つある名北予選会シード枠のうちの一つを長らく守り続けているチームだ。高身長の選手ばかりを集めた超攻撃型のチーム編成が特色で、ブロックでの得点率が毎回異常なほど高いんだよね」
だが、昨年のインターハイ予選、春高予選と、どちらも名北地区予選での優勝を逃しており、彼らが名北絶対王者と呼ばれたことは過去となりつつあるという。「だったら勝てるな!」と煌我は快活な笑みを浮かべた。
「ブロックがなんだ! おれには関係ない! ブロックの上をぶち抜いて勝つ! それだけだ!」
ひとりで盛り上がっている煌我を、もはや誰も相手にしていなかった。「実際、どう思う?」と雨宮が琉聖に尋ねた。
「仮に一回戦を勝ち上がったとして、今の俺たちが正南学園に勝てる可能性はありそうか?」
「さぁ、俺にはなんとも」
無理だろうな、というのが正直なところだった。ブロックのいいチームと戦う場合、相手ブロッカーを翻弄する、あるいはうまく利用して点を稼ぐ高い技術が必要になってくる。だが、今の実里丘のアタッカー陣にそれだけのものを求めるのは時期尚早と言えるだろう。練習時間も、教える時間も全然足りない。
「状況を見ながら、うまく対応していくしかないでしょうね」
それでも、琉聖は絶対に勝てないとは言わなかった。口に出したらそれが現実になってしまいそうな気がした。
「あと一週間で攻撃力を上げるのは難しいんで、レシーブでどれだけ粘れるかが肝になってくると思います。ブロックをうまくかわすのにもっとも効果的なのは速攻だから、レシーブがきちんと俺のところへ返ってくる回数が多ければ多いほど、勝てる可能性は大きくなる。全員がそのことをしっかり意識して、当日は試合に臨みましょう。まぁ、まだ一回戦で勝てると決まったわけじゃないけど」
「勝てるさ!」
煌我が吠えた。
「おれたちは負けない。正南にも勝って、決勝まで行って勝って、おれたちが優勝だ!」
おいおいと琉聖はあきれたが、「いいねぇ」と意外にも煌我の優勝宣言に乗っかる声が上がった。雨宮だった。
「気持ちいいだろうなぁ、うちみたいな廃部寸前の弱小チームが正南に勝てたら」
「ちなみに、ぼくの集めた情報によると」
伊達がさりげなく補足情報を流してくれる。彼は情報収集が趣味だという。
「ベンチ入りする十二名の選手のうち、三年生が八名、うちふたりがリベロ。残り四人が二年生で、ひとりはスターティングで起用されるミドルブロッカー。身長二メートル二センチの大型新人だって、去年話題になった子だよ」
「二メートル!?」
ほとんど全員が声を揃えて驚いた。
「大二郎よりでけぇじゃん!」
煌我が目をまんまるにしてオグを見た。「だからその呼び方はやめてってば」とオグは肩を縮こまらせた。
やいのやいのと言い合っている部員たちの片隅で、琉聖はひとり胸をなで下ろしていた。
正南学園のベンチ入りメンバーに、一年生はひとりもいないらしい。すなわち、あの男と試合で直接戦うことはないということだ。
かつてのチームメイトの中で、もっとも反りの合わなかったあいつとは。
「さぁ、練習始めるぞ」
雨宮が元気よく場を仕切った。ごく一般的な公立高校であるため、体育館は曜日ごとに決められたローテーションに従い、他の運動部と互いに譲り合って使う。私立の強豪校である正南学園と比較するまでもなく、実里丘はもともと取れる練習時間が少ないのだ。一秒たりとも無駄にできない。
練習はいつも、エンドラインに整列して全員で挨拶してから始められる。琉聖も仲間たちに続いてエンドラインへ向かったが、その途中、なにかを思い出したようにふと足を止めた。
仮に、二回戦の正南学園戦で勝利した場合、その日のうちにベスト8進出をかけた第三試合に臨まなくてはならなくなる。
一日に三試合。入部から、わずか二週間。
琉聖の胸に、不穏な暗雲が渦巻き始める。
間に合うだろうか。
このなまりきった鈍いからだで、三試合も戦えるのか――?
「おーい、久慈! 早くしろ」
雨宮に急かされる。「すいません」と言って、琉聖は再び走り出した。
お願いします! と九人の声がぴったりと揃った。
隣の女子バスケ部の熱気と混ざり合い、体育館の温度がぐっと上がった。




