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CHANGE ~県立実里丘高校男子バレーボール部の受難~  作者: 貴堂水樹
第2セット 孤独な天才

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10/38

1.

「二週間後!?」

 翌土曜日の午後。

 休日練習のため高校の体育館に集まった男子バレー部の面々に部長の雨宮が告げたのは、二週間後にインターハイ予選が控えているという話だった。

「いや、無茶だろ……」

 琉聖は呆然としてつぶやいた。入部早々、いきなり公式戦なんて。

「出るんですか」

「出るよ。もうエントリーした」

 マジか、と琉聖は軽い頭痛を覚えた。選手は二年生ふたりに一年生六人。うち初心者約二名。無謀すぎる。経験値すらろくに得られそうにない状況だ。

「よっしゃあ!」

 琉聖の隣で、煌我が拳を突き上げた。

「さっそく全国制覇のチャンスが巡ってきたな!」

 バカなのかこいつ。ツッコむ気にもなれない。琉聖は無視を決め込んだ。

 昨日の放課後の練習で、現時点での全員の実力はおおよそ把握していた。

 煌我はスパイクで群を抜くものの、レシーブが絶望的にヘタだった。

 オグはそもそも運動が苦手なタイプと見え、ほぼ初心者と言っていい。

 一方、真の初心者である眞生は運動神経抜群で、のみ込みも早く急成長が期待された。聞くところによれば、五十メートルを五秒台で走るという。

 双子の左京・右京は全体を通して平凡な印象だったが、ふたりともサーブは唯一いいものを持っていた。クセだま、ブレ球などといって、落下点を読みにくい変化球が打てるのだ。おまけにふたりは利き手が逆なので、変化のかかり方も逆になる。相手を翻弄するにはもってこいだった。

 二年生のふたりは、一年分の練習の上積みがあるおかげで比較的安定したプレーが望めた。特にミドルブロッカーの雨宮は長い腕のおかげで打点が高く、速攻クイックのバリエーションを増やせば煌我と並んでポイントゲッターになれそうな印象を持った。

 総じて、このチームの実力は中の下、せいぜい中の中、というのが琉聖の見立てだった。平々凡々、県大会の一つ前の地区予選会で敗退してもさして驚かれることはないだろうといった程度である。

 それでも、煌我は今回のインターハイで全国制覇すると言って譲らない。どういう思考回路をしているのだろう。能天気にもほどがある。なにも考えていないのだろうなと琉聖は心底あきれた。特別秀でたもののないこのチームを勝たせるには、また俺がひとりで方々(ほうぼう)を駆けずり回ることになるのだろう、とも。

 思いながら、うぬぼれているなと自分で自分を鼻で笑う。

 なんだかんだ言って、チームを勝利に導く役目はアタッカーにあるのだ。点をもぎ取ってこその勝利。セッターはただ、そのお膳立てをしてやるだけ。誰がやっても同じなのだ。他のプレイヤーと違うことができなければならないのは、セッターではなくアタッカー。すごいすごいともてやはされるのは、いつだってアタッカーだ。

 たとえそいつらが、どれほど性格の歪んだ男たちだったとしても。

「それで」

 琉聖が雨宮に問う。

「部長の目標は?」

「うん、それなんだがな」

 雨宮は腕組みをして答えた。

「とりあえず、県大会出場を目指すくらいが今回はちょうどいいんじゃないかと思うんだ。県大会に出るには名北めいほくで五位以内にすべり込めばいいから、名北ベスト4を目標にするとか」

 愛知県には六つの支部が存在し、琉聖たち県立実里丘高校はそのうちの一つである名北支部に所属している。六つの支部予選会でそれぞれ上位に食い込んだチームが集結し、県大会が開催され、そこで優勝すれば全国大会への切符が手に入る。煌我は簡単に全国全国と口にするが、大変に狭き門なのである。

「いや、ダメだ」

 煌我が即座に首を振った。

「目標は全国制覇! それ以外はあり得ない!」

「どうだ、久慈。名北ベスト4。これでいいだろ?」

「そうですね。妥当な線だと思います」

「おいこら! おれを無視すんなおれを!」

 吠える煌我を、琉聖と雨宮はいないものとして話を進める。伊達が苦笑いで煌我の肩を叩き、「まぁまぁ」と先輩らしくフォローを入れた。

「とりあえず」

 琉聖は右手をそっと顎の下に添えた。

「試合まで二週間しかないんで、出るつもりなら基本のチーム陣形を固めないとですよね。どうします、雨宮さん?」

「おまえにまかせる」

「はい?」

 琉聖は目を丸くする。雨宮が大きくうなずき、すべてを悟った。

「いやいや、丸投げっすか……!」

「仕方ないだろ。うちには監督がいないんだ。この中でもっとも目の肥えてるおまえが仕切る以外に方法はない。ちょうどおまえは司令塔セッターだしな」

 異論はないな、と雨宮がチーム全体に問う。別の意見など上がるはずもない。満場一致で、琉聖が監督を兼任することが決まった。厳密に言えば琉聖ただひとりが反対したが、部長命令だとかなんとか言われてうやむやにされた。一から十まで無茶苦茶なチームだと思った。

 決まってしまったものは仕方がないので、現時点で考え得る最適なポジショニングを琉聖が独断で決定した。

 レフト側から攻撃するアウトサイドヒッターに、右利きの煌我と左京を配置した。センターから速攻を仕掛けるミドルブロッカーには長身のオグと雨宮を。セッターは琉聖、その対角であるオポジットのポジションには左利きの右京を入れてライト側から攻撃させる。リベロは比較的レシーブの安定している伊達を起用し、ミドルのふたりにつけることにした。眞生は知識も試合経験もとぼしいので、今回はベンチスタートとさせてもらった。無論、眞生は納得し、「なにかあった時は頼むな」と琉聖に言い含められると「なにも起きないことを祈るよ」と苦笑いを返した。

 組み合わせ次第だが、県大会へ出場するには最低でも三試合勝利する必要がある。四校あるシード校のチームと当たることになった場合は四試合。精神的な負担がかなり大きい。

 勝算はほとんどないと言ってよかった。一番の問題は、知り合ったばかりでお互いがお互いのことをまだよく知らないということ。息を合わせようにも、距離感すら掴めていないような状況ではどうにもならない。

 だが、そこをなんとかするのがセッターだ。中継役が機能すれば、なんとなくチームが動き出す。中学時代に学んだことだ。どれだけ性格が合わなくても、ボールを落とさずうまくつなげばなんとかなる。そういうチームに琉聖はいた。コート内の空気は最悪でも、全国二位になれたチームに。

 ここでも同じことをすればいい。上がったレシーブボールをうまく処理する。それさえできれば、なんとかなる。

 そんなことを考えながら、どうせなら勝ちたいと思っている自分に気づいて驚いた。

 これまでずっと、勝つことにだけこだわってきた。煌我の言うとおり、その時のことをこのからだは少しも忘れていないらしい。

 勝ちたい、というより、負けたくないという気持ちだった。

 勝ちたい。負けたくない。負けられない。負けたら、これまでの努力がすべて無駄になってしまう。

 我慢して、我慢して、アタッカーたちの言いなりになってきた。逃げたら負けだと思った。勝てばなにも言われないのだから、勝つしかなかった。バレーボールを楽しむ気持ちは心の奥にしまい込み、ただ勝つための道具に成り下がっていた頃の自分。

 思い返せばむなしいだけのあの日々の記憶に、いつしかのまれそうになっていた。絶対に負けられないという使命感と圧迫感に苛まれ、呼吸のリズムを見失う。

「琉聖?」

 煌我の声で我に返った。「ごめん」と言って一つ咳払いを入れると、琉聖はチーム全員に向けて言葉をかけた。

「とりあえず、今日から二週間は個人のスキルよりもチーム力を上げることに専念しよう。全員が今できる精いっぱいのプレーをすれば、一回戦くらいは勝てると思うから」

 思ってもないことを言っていて、我ながらあきれるなと琉聖は苦笑する。地方支部予選の一回戦、二回戦レベルで負けるなんて事実を簡単に受け入れられるはずもないのに。

 やっぱりうまくいかないかもしれない。心とからだがちぐはぐだ。

 なんとなく調子が出ないまま、その日の練習が始まった。

 七ヶ月ぶりに本格的に動かしたからだは、笑えないほど重かった。

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