春の日奇譚
今が何時かもわからない。
ヨシノさんが帰ってこない。
どうしたんですかヨシノ先輩?
まさかヨシノさんの気まぐれ?
僕が探しに来るのを待ってる?
こっちだって待ってる。
ヨシノさーん!
ヨシノ!
叫び続ける。
しかし決して返ってくることはない。
なおも大声でひたすら彼女の名を呼ぶ。
もう誰も気にしてられるか。
近所迷惑だろうと構わない。
とにかくヨシノさんに会いたい。
ただただそれだけだ。
僕がおかしいのか? それは分からない。
僕が正しいのか? それは分からない。
ただ一つ言えるのはヨシノさんは幻なんかじゃない。
でも……
記憶の中のヨシノさんはそれはそれは美しく儚い。
彼女といつ? どこで?
彼女について僕は何も知らない。
もちろんそれは出会って日が浅いからだ。
彼女だって僕を理解していない。
彼女はなぜ僕に嘘を?
テニスサークルには一度も姿を現さないし。
ヨシノなんて人はいないと調査で判明した。
リーダーのリサーチに間違いはない。
そうだとすると彼女の存在は?
僕が?
作り上げた?
幻影?
では何の為に?
桜……
桜が見せた幻影。
そうだ。そうに違いない。
答えは最初から分かっていた?
相棒は何度も指摘していた?
幻影?
ライトアップが終わり全てが闇に包まれたらその幻影とはオサラバ。
全てが…… 幻影。
全てが…… 夢。
春に見る夢。
分かっていた。
分かっていた。
ヨシノなどいない。
ヨシノなど……
誰か教えてくれ!
誰でもいい答えてくれ!
変になっちまったのか?
答えてくれ!
会いたい!
会いたい!
ヨシノ先輩!
ヨシノさーん!
ヨシノ!
桜は確か……
ようやく分かったよ。
ありがとう。
たとえ幻でもいい。
いい思い出だった。
思い出をありがとう。
ソメイヨシノさん!
深く深く頭を下げる。
桜は風に吹かれ手を振る。
涙が止めどなく溢れる。
決壊した涙が零れ落ちて行く。
涙は下へ下へ。
桜が舞い散るように。
ライトの灯が消えた気がした。
僕は小鳥。
彼女は桜。
いい夢だった。
桜散りし頃、君思うことなかれ 春の日奇譚
次に会う時まで…… 続く




