タイムリミット
どうすることもできずそのまま三十分が経過した。
彼女はまだ目を閉じたままだ。
本当に自分が情けなく思う。
自分に素直になれない。
考えれば考えるほど動けない。
今は別にいいかもしれない。
だがもし肝心な時に、絶体絶命の時に動けないようでは見放されてしまう。
感情を押し殺し眠り姫の救出に向かう。
彼女も気が付いた。
「ヨシノさん! ヨシノ先輩! 」
「ううーん。私眠っちゃったの? 」
「疲れたんですよきっと。ここに居ると風邪をひきます。さあ帰りましょう」
「あらあら。本気で言ってるの? 」
言い返せない。
胸の内を見抜かれた?
口ごもる。
邪な心を見透かされたようで動揺して言葉が出てこない。
「もう…… 会えないかもしれないのよ」
「へえ? 」
動揺している僕にさらに追い打ちをかけるような意味深な物言い。
これでは余計に動揺してしまう。
どういうことだろうか?
「考えてみて」
確かにそうだ。彼女に会いたい一心でこの一週間探し続けたし待ち続けもした。
どれだけ待てばいいのか分からないのが辛かった。
今日でお別れでもおかしくない。
「フフフ…… そんなに真剣に悩まないで。冗談なんだからさあ」
「ヨシノ先輩! 酷いよ」
からかう元気があるなら抱きしめて欲しいものだ。
「だって君の困った顔も焦った顔も…… へへへ…… 」
言いかけた言葉をのみ込む彼女。
気になるがもう一度とお願いはできない。
上を見上げる。
ライトアップはあと一時間もすれば終わってしまう。
そして今日は強風の影響で肌寒い。
九割方のカップルは出て行ってしまった。
ここから見渡す限り人影はない。
だから今までの恥ずかしい様子を気にかける者はいない。
たぶんこの後も現れないだろう。
「ヨシノ先輩寒くありませんか」
「うん。温めてくれる」
冗談のつもりだろうが思ってもみなかった返しでこられると……
どう対処すればいいのか分からなくなる。
「本当に冗談。大丈夫。そんなに寒くないから心配しないで」
クッシャン クシャン クシュン
そう言ってるそばからくしゃみの三連発。
「だから風邪には気をつけてって言ったのに。もう早く帰りましょう」
「ううん。これは花粉よ。花粉のせい」
「花粉? 本当ですか? 」
「疑ってるの? 薬の効果が切れかかってるだけ」
彼女の様子が変だ。
怪我が悪化している恐れもある。
とにかく確認しなくてはいけない。
「何をするの! 止めてくすぐったい」
疑われてしまった。別にそんなつもりではないのだが。
そっちを向いててと一言。従うしかない。
僕に見せたくないのだろう。
それが怪我の具合なのかただ単に体を見られたくないのか。どっちでもいいが。
僕を信用してください。
心の中でいくら叫んでも届きはしないので意味がない。
「どうです? 」
「うん。痛みは問題ない。でもあまり歩かない方がいいかな」
メガネを取る。
ふう。疲れが目に来た。
「もしかしてキス? 」
思っていた以上に意識してしまい赤面してしまう。
からかい方が中途半端なんだよなあ。
なぜかつられて彼女も頬を赤く染める。
「キスしたいの? 」
「まだ言いますか? 」
心理戦では負けない。
僕の思いもよらぬ一言で黙ってしまう。
「ちょっと! 何? どういうこと? 」
反省しているのか怒っているのか。それともドキッとしたのか。
二人の間に重苦しい空気が漂う。
気まずい。気まずい。どうしよう。
僕のせい?
「ヨシノさん…… 」
「バカ! 」
「ヨシノ先輩…… 僕あの…… 」
「眠くなっちゃった」
「またですか」
「ここで寝る? それとも君の家にする? 」
焦れたようだ。
お誘いがついに来た。
今までの遠回しの誘いに飽きたらしい。
「どっち? 」
メガネを取り再び掛ける。
それを繰り返す。
ライトアップされた桜を見る。
うーん。決心がつかない。
迷う。本当に迷う。
悩む。本当に悩んでしまう。
「私から言わせるの? 」
積極的過ぎる彼女にもう打つ手はない。
このままいっそここで。
彼女もきっと……
望んでいる? はず。
からかっている? 訳ない。
「ヨシノさん。僕はその…… 」
再び何も言えなくなってしまった。
言葉でなくとも行動で示せればいいがそれも上手く行かない。
心理戦。
駆け引きはなおも続く。
「もういいよ」
「ヨシノさん。ヨシノ先輩。僕は僕は…… 」
「やっぱり君には無理なのかな」
「そんなことないです」
「もう。だったらもっとはっきりできない? 」
「はい、頑張ります」
「そこはしっかりしてるんだけどね」
「はい! 」
「もう一度お願い」
これが最後のチャンス。
これにかけるしかない。
僕の全力をぶつけるんだ。
たとえ彼女の思いと違ったとしても。
言うんだ!
はっきりさせるんだ!
「では改めまして…… ヨシノさん? 」
今度は彼女の方が固まる。
「ヨシノ先輩? しっかり! 」
「ああ、もういいよ。時間切れ」
「へっ? 何で? 」
「いいからいいの! 」
ワガママ娘?
「寒くなっちゃった。トイレに行ってくる」
「何だ良かった。用を足しに行くんですね」
「うるさい! 続きは無いからね」
「そんなあ…… 」
「いいから分かった? じゃあね」
怒って行ってしまった。
ベンチから約百メートルにあるトイレへ。
怪我の件もあり自分も同行すべきか迷う。
まあさすがにトイレについて行くのはまずいよな。
それに生憎、大も小も誘いがない。
足を引きずって歩く姿が痛々しい。
ここはゆっくり歩く彼女の後姿を見守るのみ。
ヨシノ先輩はトイレ。
仕方なくひたすら彼女の帰りを待つことにした。
続く




