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ことりとさくらのせい

日曜日。


運命の日を迎えた。


今日こそは必ず。


強い意志を持って臨む。


昨日と同様、桜並木を走る。


一周、二周と体が温まってきたところで三周目は全力疾走。


ランニングを終える。


今日もボーっとベンチで項垂れる。


もう習慣になっている。


あの子は今日も来るだろうか?


いや違う。


あのママさんはしっかりやれているだろうか?


それも違う。


僕はヨシノ先輩を待っているのだ。



ベンチを離れ、適当に腹を満たす。


公園近くのファストフードで食後のコーヒーを流し込み、公園を監視。


自分がいるから出てこられない。


恥ずかしくて顔を合わせられない。


まだ怒っていて会う気がしない。


勝手な思い込みで現状を何とか理解。


ポジティブは悪くない。


ただ冷静さだけは保っておく必要がある。



昼が過ぎ、風も強まってきた。


このままでは最後の花びらが散るのも時間の問題。


これでようやく諦めがつくと言うものだ。


今日まで本当に辛かったし苦しかった。


ストレスでどうにかなってしまわないか不安だった。


その気持ちともおさらば出来る。


もういい。


もういいのだ。


いい加減吹っ切れたい。


ベンチに戻る。


予感がする。それもいい方にだ。


心臓が高鳴る。


そう今にも何か……



連絡が入った。


「今、帰ってきたぞ。お土産があるんだ。良かったら取りに来てくれ」


相棒は呑気に合宿報告。


こちらの気も知らないで。


何がお土産だ。


何が美人な先輩だ。


何が詳細は明日だ。


怒りが込み上げてくる。


しかしなぜこんなにも早く?


二泊三日の合宿のはず。


合宿か…… 楽しかったんだろうな。行けばよかった。


サークルか。


僕も早く立ち直って彼らに顔を見せなくては悪い気がする。


後悔と罪悪感が一気に流れ込んできた。


考えるな。考えてはダメだ。


ポジティブに。もっとボジティブに。


僕なら大丈夫。


僕なら大丈夫。


無理矢理抑え込む。



いきなり声がした。


「キミはヒマ? 」


昨日の少女だった。また来てくれた。


「あれ。小鳥ちゃん」


「なんで? わたしのなまえしってるの? 」


「昨日教えてくれたから」


そうだっけと言って笑う。


今日は白のワンピース。桜の花びららしきものがポツポツと配置されている。


おそらくママとのペアルックだろう。


「寒くない小鳥ちゃん? 」


風がさっきよりも強まってきた。この格好では風邪をひく。


「ううん。ねえ。これよんで」


手には絵本がある。


「お話。絵本かい? 」


「うん。これことりがつくったの」


辺りを見回して怪しまれていないか確認。よし大丈夫。


絵本を開く。



『ことりとさくらのせい』


「面白そうな絵本だね」


「そうなの。ことりはてんさいだから」


誇らしげにベンチに立ち上がる。


「こら! 小鳥何をやってるの! 」


少女のママが駆けてきた。


「ママ! まだー? 」


「もうちょっと。もうちょっとだから大人しく待っててね」


「うん。カレとまってる」


「どうもすみません」


困惑した顔で頭を下げる。


すぐに引き返した。


シングルマザーなのだろうか。


一生懸命に何かを訴える活動に父親らしき人物が見当たらない。


たまたまなのかもしれないし家で留守番しているだけなのかもしれないが。


まあ余計な詮索をするのもどうかと思う。小鳥ちゃんに聞くのも忍ばれる。


それにしても似合っている。小鳥ちゃんとのペアルック。


身長も高くスラーっとしていてワンピースが映える。



彼女は桜を保全する自然団体の一員で一人でこの桜並木を残す活動に注力。


その為空いた時間を使って精力的に取り組んでいる。


たまに協力者も名乗りを上げるようだが基本一人だ。


だが来年にはここの桜は伐採されてしまう。


決定事項と言うこともあり誰も積極的に協力することは無い。


そうかこの桜も来年には半分になるのか。


そして翌年には全て……


今さらながらに突きつけられた現実。


仮にこの運動が成果を上げても安全性に問題があればやはり桜は姿を消す。


そう時間の問題。自分にはどうすることもできない。見守るのみだ。



彼女が戻ってきた。


「あのー。これ絵本です。娘と一緒に桜の話を作りました。よろしければどうぞ」


非売品だそうで無料とのこと。


悪いので払おうとするも断られてしまう。


どうかご協力をと頭を下げる彼女。


有難く絵本を受け取ることに。


なぜか貰った側が礼を述べられる。


それではと言い再び行ってしまった。


少女と僕を置いて活動を再開。



これでやっと二人っきりになれた。


この時間は誰にも邪魔されたくない。


手元の絵本を開き読み聞かせてやる。


「春…… どこがいいかな…… 」


小鳥は自分の作った絵本を見つめ嬉しそうにはしゃぐ。


興奮してまた立たれては面倒。小鳥を膝に乗せ続きを読む。


最後まで読み終えるともう一度と懇願される。


二度、三度と読んでやる。満足したのか小鳥は夢の世界へ飛び立った。


三時になり目を覚ました小鳥はママの元へ。


そして再び戻ってくる。


今度は小鳥が読むと言って交代する。


つっかえつっかえ笑顔で読む姿に心が癒される。


これが幸せというものだろうか。


こうして至福の時が過ぎて行った。



四時のチャイムが鳴る。


今まで懸命に頑張っていた花びらが最後の挨拶を始めた。


小鳥が急に立ち上がる。


「もうかえらなくちゃ。キミもはやくかえるんだよ」


ママとの挨拶を終え、手を振る。


もう間もなく日も暮れ始める。


僕も早く帰った方が良い。


それは分かっている。


でもまだ最後のチャンスが残っている。


ヨシノさんに会うまではここから離れるわけにはいかない。


決心したではないか。


だがなぜか心が離れていく自分がいる。


もう無理だと分かっている冷静な自分がいる。


これからは小鳥ちゃんとママさんと楽しくやっていけばいいじゃないか。


でもやっぱりヨシノ先輩。


揺れに揺れる己の心。


自分でも良く分からくなってくる。



小鳥は無邪気にじゃあーねーと言って家路へ。


「ああ! 」


小鳥が立ち止り大声を出す。


「おねーちゃんだ! 」


姉? 小鳥にはお姉さんがいる? いや、ママのお姉さんか?


まあどれにしても僕には関係のないこと。


迎えにでも来たのだろう。


深く考えずに下を向く。


四時を過ぎると人はどんどん減っていく。大体が親子連れ。


寒くなってきた。子供に風邪をひかせるわけにもいかないので帰っていく。


もう帰宅の時間だ。


ほら放送でも言っているじゃないか。お家に帰りましょうと。



隣の温もりはもうほとんど感じられない。


虚しい。なんと虚しいことか。


僕は小鳥ちゃんを求めている?


いや違う。ママの方だろう。


何と言っても美人だしスタイルも抜群。


顔が浮かぶ。


いけない。僕は何を考えているのだ。


もちろんあの親子との出会いは僕にとってプラスになっている。


しかし。しかしだ。


僕が本当に求めているのは。


僕が心から願っているのは。


小鳥ちゃんでもそのママでもお姉さんでもない。



風が強くなってきた。


絵本が勝手に物語を終わらせる。


音がする。


匂いがする。


誰かがやって来た。


しかし自分には関係ない。


待ち合わせでもしているのだろう。


余計なことに首を突っ込むとロクなことが起きない。


足音が止まった。


強烈な匂い。ただ悪くない。


いい匂いだ。


強風によってなのか匂いが際立つ。


風はますます勢いを増した。


桜は大丈夫だろうか?


最後の一枚は残っているだろうか?


気になって仕方がない。


夕陽が眩しい。


顔を上げる。


夕陽のせいでぼんやりした影を捉える。


女性だ。


だいぶ慣れてきた。


「あなたは…… 」


「フフフ…… 」


「ヨシノさん? 」



                 続く

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