小さな女の子
土曜日。
朝早くからランニングで汗を流す。
元々はスポーツも良くやっていた。
運動神経抜群ではないが普通と言ったところか。
テニスもやれば面白い。
だがサークルに顔を出すのは辛い。
ヨシノさんがいないのに行く意味があるのか。
僕は相棒みたいに切り替えられない。
相棒は相手にされていなかったが僕は違う。
もう何度もデートを重ねた。少なくても二度。
彼女を知っている。
彼女を信じている。
いい加減かくれんぼは止めて欲しい。
小学生じゃないんだから。
ヨシノさん…… どこ?
ランニングをしても心が晴れない。
そう言えば今日は合宿だったけ。
サークルの皆も今どこかで楽しんでいるのだろうか。
相棒は今回も失敗に終わるのだろう。
そんな事を思いながら二周目に入る。
そう、ここはいつもの公園。
彼女と初めて出会った思い出の場所。
いつまた会えるのか分からない。
なるべく多くのチャンスをと思い朝からランニングに精を出す。
二周目を終え三周目に入る。
きつくなってきた。
ベンチで一休み。
はあはあ
ふうふう
慣れないことはするものじゃない。
息を整えるのに時間がかかる。
倒れてはまずいのでゆっくり水を流し込む。
タオルで汗をぬぐう。
これで何とか再開…… できるはずもなくベンチでぐったり。
桜の木。
近くには桜の木が見える。
ここは二人が過ごしたベンチ。
まだ桜はしつこく粘っている。
もう時間の問題。今日にも無くなってもおかしくない。
桜は我慢している。強い奴だ。
それに比べて自分はどうだろう。
粘っている?
諦めが悪い?
少なくとも最後の一枚が散るまでは頑張らなくてはいけない。
この桜にも笑われてしまう。
昼時。
いい匂いがしてきた。
ソースが食欲を刺激する。
ついつい体が反応してしまう。
露店の匂いに誘われB級グルメに手を出す。
どれもこれも空腹を満たすには十分でもったいないぐらいだ。
お腹一杯まで食べ続けた。
ご馳走さま。
ゲップが出る。
悪臭が辺りに撒き散る。
満足満足。
ランニングを再開。
土曜日なので人は集まっているが先週までの勢いはない。
主役はすでに移動したとでも言うのか。
桜並木には老人や親子連れに愛犬家の姿。
小さい男の子がそこらを駆けている。
若者は姿を消した。
彼らは一体どこに行ったのだろうか。
ベンチに戻ると自然保護を訴える団体がしきりに大声で何かを主張している。
その横でせっせと何かを手渡しているママさん。
一生懸命呼びかけているが誰も取り合わない。
ただ彼女はスタイルが良く可愛らしい顔立ち。
それに気づいたおじさん連中が下心丸出しで戻ってくる。
彼らは品定めを済ますと諦めて立ち去ってしまう。
ママさんは何かを訴えかけているがここからではよく聞き取れない。
ベンチで疲れを取る。深呼吸。
公園で行われている活動をボーっと眺めその合間に桜をちらっと見る。
のんびりした週末の午後。
太陽が冷えた体を温める。
爽やかな風が吹いてきた。
ああいい気持だ。
眠い。
無為な時間が流れる。
傍から見れば変な奴がブツブツ言って笑っているのだ気持ち悪いに決まっている。
当然近くに寄るものはいない。
そうして夕暮れまで散り去る桜の花びらをじっくり観察する。
ふう。
ため息が漏れる。
もういいのかもしれない。
彼女とはもう。
幻だったのだ…… いや違う。
頭を抱え必死に抵抗。
でも結論は変わらない。
真実も変わらない。
もう一度深くため息を吐く。
ミンナカエッタヨ
どこからか声がする。
見回しても人などいない。
汗だくのブツブツ男のもとに寄ってくる者はいない。
幻聴?
またしても幻。
疲れているのだろうか。
ミンナイッタヨ
しつこい幻聴。
耳が勝手に音を捉える。
耳が悪くなった?
精神的なものだろうか?
どちらにせよ早めの治療を要する。
「みんなかえったよ? 」
女の子の声だ。
「きみはかえらないの? 」
「きみ? 」
「いつもここにいるね。なにをまっているの? 」
「僕は…… 」
「いつもまっているね。キミはだれをまっているの? 」
さっきから女の子の声がする。もう自分はダメかもしれない。完全に我を失った。
幻覚も幻聴も日に日に大きくなっていき自分でコントロールできない。
このまま放っておけば取り返しのつかない事態を招いてしまうだろう。
もうここで引き返さねば。自分を保たなくては。
「ねえ。きいてるの? 」
「うるさい! 」
「キミ! 」
「うるさい! うるさい! 自分は正常だ! 幻覚になど幻聴になど惑わされてなるものか! 」
「キミはおこっているの? 」
幼? 幻? どっちなんだ?
後ろを振り返る。
ベンチは両側に設置されていた。
女の子が後ろから話しかけていただけで不思議でも何でもない。
今の今までベンチの作りを気にしていなかった。
いや花見シーズンの時には確かに後ろに人が座っていた。
あの時は当たり前に感じていた。
しかし今ではベンチを利用する者はいない。そこまで長居する必要もなくなった。
それどころかブツブツと独り言を言っている男の近くに寄る者など居ない。
無邪気な小学生以外。
キミキミと生意気そうだがいくつなのだろうか。
「ねえ。キミきいてるの? 」
「ああ。君こそいくつ? 」
女の子は黙ってしまった。
自分の話はしたくないのか。
「うーん。おしえちゃダメだってママが」
「じゃあ何年生? 」
「さんねんせい」
「お名前は」
「おしえられないよー」
くすくすと笑いだす。
見ていると癒されるから不思議だ。
もう教えないそうだ。
最近の子はガードが固くていけない。などと発言すればひんしゅくを買うだろう。
別に怪しい者ではないが…… いや、とっくに不審人物だろうな。
残念だが仕方がない。
「小鳥! 行くよ! 」
「ハーイ」
返事をしてこちらに手を振る。
彼女も暇を持て余してついからかいたくなったのだろう。
ボーっとしていたのが悪い。
お揃いのかわいらしいワンピース姿の親子。
かわいらしい少女と少女のようなママ。
彼女は何かを懸命に訴えかけていたあの女性で。女の子はその応援。
出会いは確かにあった。
でも僕の望みは叶わなかった。
かわいらしい少女と別れて再びベンチでボーっとする。
もちろん収穫などありはしない。
残り一日に賭けるしかない。
公園を離れる。
どこにいるのだろうか。
夕日に話しかける。
ヨシノ先輩どこですか?
続く




