桜の散り頃
~桜の散り頃~
「いつまでも一人の女に拘るなんてどうかしてるぞお前。
サークルにだってキャンパスにだって見渡せばいくらでもいるじゃないか」
元気が無い僕を励ましているつもりなのか?
ただ単純にからかい過ぎたのを反省しているのか? 相棒は優しい。
「僕はもういいんだ。放っといてくれ」
「何を情けないことを言ってやがる。いい加減元気を出せ」
優しすぎないか。自分だって振られて落ち込んでいたくせに。
「そんなこと言ってまた何かあるんだろ」
「あれ気づいた? まあいいや。お前もそろそろ立ち直らないと本当にまずいぞ」
悪びれずに笑ってごまかす。
「だから何? 要件を言え」
「実はさあ。ミニ合宿があるんだ。泊りがけで金曜日から二泊三日。
皆お前のことを心配してたぞ。急に飛び出して行きやがって。
その後一度もサークルに顔を出さないものだから。俺が報告してるからいいが」
「おい! そこうるさいぞ」
注意を受ける。
別に大声で話していたわけではない。そこらじゅううるさいのだ。
だが教授も注意しやすい奴を叱りバランスを取る。まあ確かに相棒はうるさいが。
目をつけられるのも面倒なので大人しくしている。
相棒は後でなと言って前を向く。
講義を聞く気力も無い。伏せて耳だけ傾けている。
そんな毎日。
勉強に身が入らない。やる気がまったく湧かない。
ランチ
何も考えたくない。
いつものAランチをゆっくり流し込む。
「おい、だらしないぞ。口からスープをこぼしやがって。汚ねえなあもう」
何を言っても心に響かない。
相棒の話に適当に合わせる。
「聞いてるのか」
何も考えずにただ頷く。
「聞いてないのか」
縦に振る。
「おい、どっちなんだよ。はっきりしろ」
「何の話? 」
「やっぱり聞いてなかったか。さっきの合宿の話だよ」
「いくら? 」
「おお、ようやくまともになりやがった。いくらってそりゃあ高くはないよ。
もちろん安くもない。お前は特別に後払いでいいってさ。
明日からのミニ合宿行くか? 楽しいぞ」
縦に振る。
「行かないのか」
うんうん。
「どっちだはっきりしろ。まったくボーっとしやがって付き合いきれないわ」
それでも適当に相槌を打つ。
「お前なあもう。分かったよ。俺の方で断っておいてやるよ。
そんな腑抜けた状態ではまた怪我しちまうかもしれないしな」
「済まない。今の僕ではみんなに迷惑がかかる」
「気にするなよ。俺はお前に来て欲しんだ。やっぱり引き立て役がいるからな。
でもその後余計な行動を取っちまうのがお前の悪い癖だ」
相棒は何か言いたそうにしていたが飲み込んだ。
彼の誘いを受けるべきだと後になって分かるが。今は何も考えられない。
「行かないでいいんだな? しかしもったいない。
今まで顔を出してなかった先輩が参加するらしいんだ。お前期待してただろ」
「おい、まさかその人って? 」
一気に覚醒。
「落ち着け。ヨシノなんてやつじゃない。まったくの別人さ」
相棒を問いただす。
「勘違いするな。そんな訳ないだろ。でも先輩たちの話ではかなりの美人だとか。
まあ当てにはならないけどね。どうだ興味が湧いたか」
相棒は何とかして参加してもらいたいのだろう。
だがその人物がヨシノさんであるかの一点にしか興味はない。
「本当にヨシノさんじゃないのか」
「ああ。一応は確認した。名前も苗字も違う。まったく違う。似ても似つかない」
残念だが違うらしい。
「いいじゃないか。ヨシノ先輩じゃなくたって美人なんだぞ。スタイルもいい。
性格だってたぶんいい。一目惚れしちまうかもよ。どうだ行かないか」
再度誘うがその気はない。
「そうか仕方ないな。その先輩は今日顔を見せるそうだ。
合宿に行かなくても確認ぐらいしたらどうだ」
ヨシノ先輩でないなら意味がない。
せっかくだが断ることにした。
「止めておく。僕はヨシノ先輩だけなんだ」
「何を言ってやがる。女なんて他にいくらでもいる」
ため息を吐く。
「お大事に」
それだけ言って行ってしまった。
僕は冷めきったスープを飲み干し窓から見える景色を片肘を突いて眺める。
ああ、良い季節だ。風が気持ちいい。
何だか堪らなく眠くなってきたな。
もうどうでもいいや。
金曜日
午後の講義をお休みしていつもの公園に足を運ぶ。
花見客は姿を消した。
ターゲットを変えたのだろう。
次は何に群がるのか。
季節的にはたぶんアジサイ。
バラ?
ヒマワリ?
自然の美しさも罪なものだ。
確実に破壊されていく。
人々はその様を喜んで見ているのか。
それともただ単純に何も考えないで楽しんでいるのか。
僕もその集団に紛れ込みたい。
四季を感じ花を愛でていたい。
何も考えないで他の者に倣って狩るのだ。花を狩るのだ。
だが僕は時を止めてしまっている。
桜に。春に。
拘っている。
花見が良いとは言わない。でも花見が僕のこだわりなのだ。
いや本当にそうか? そうではないだろう。
もう桜も随分散ってしまった。
皆が一斉に歩き出したのに僕は未だに桜に拘っている。
皆が前に向かっていると言うのに僕ときたら後ろに進もうとする。
まるでエスカレーターを逆走している小学生のように。
隣ではエスカレーターに乗っかって不思議そうに見守る客。
僕は何とか走って逆走。エスカレーターを飛び越える。
ヨシノ先輩。
行きましょう
デートの約束
春の幻に精神がどうかなってしまいそうだ。
どちらが幻なのか。
ヨシノさんが幻なのか。
ヨシノさんがいないことが幻なのか。
もう分かっているだろ。
もう理解したはずだ。
そうさヨシノさんは……
誰かがそう囁いた。
続く




