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第九十四話・「結果はあとで付いてくるのよ!」

「一丁上がりっと」


 男の首をロックしていた腕を外すと、掃除が完了した家政婦のようにぱんぱんと両手を打ち合わせる。ここは倭国人であるキズナの国の宗教に乗っ取って、男に向かって手を合わてみようではないか。確かこのような場合は南無阿弥陀仏とでも唱えるのが作法であったような……いや、少し違うか。

 ともかく、キズナに飛ばされた男の意識の戻ってくる場所が、身体ならばよいが、下手をすれば地獄の一丁目になりかねない。気にも咎めないキズナの代わりに俺が祈ってやるとしよう。


「手と手を合わせて何の真似よ。あ、両手の皺と皺をあわせて幸せとか、そんな感じのやつ?」

「幸せなのはお前の頭だ、馬鹿たれが。いいか、説明するまでもないが、今の盛大な音で、すでにお前の存在は敵に知られたぞ。一分前に聞こえた慎重などと言う奇妙な言葉は、すでに遠く空の彼方まで飛んでいったからな」

「だから慎重ってやつが寂しくないように、こいつらの意識と一緒に飛ばしてあげたじゃない、なんて他人思いの私なのかしら」

「他人を思ったことがそもそもお前にあったか?」

「んー……そういえば、ないわね」


 あごに指を当てて軽く考えるふりをする。


「ま、どうせ知られるんだから早いほうが良いでしょ、善は急げってね」

「……。……善? これのどこに善があるのだ?」


 ニカッと笑うキズナの口元からは真っ白な歯がのぞいている。俺はそれを見ながら嘆息し、こめかみを押さえる。

 この痛みも徐々に日課になりつつあるな。


「第一、お前は人質がいることを忘れてはないか?」

「あー、もう、うだうだうるさいわね! 結果はあとで付いてくるのよ!」


 再び落とした俺のため息ごと、キズナは次の車両への扉を蹴り開ける。

 蝶番ごと吹き飛んだ扉が横倒しになって、盛大な音を列車の内装に叩き付けた。キズナのエンジニアブーツに蹴られた扉はその半分がへし折れて無残に木片が散らばる。散らばった破片が向かう先には、様々な様相入り交じる顔があった。貴族も平民もなくぎゅうぎゅうに車両の左右に押し込められた人々の異様に怯えた顔、顔、顔。震える身体、消沈した肩、涙を拭う指先に、がちがちとかち合わせる歯の音……普段は軒を分けるように対極の生活をしている身分の違いも、こと人質という枠にくくられては無意味のようであった。扉が蹴破られた爆音に一斉にキズナを振り向いた彼らの顔には、さらなる恐怖が降って湧いたという絶望が張り付きかける。しかし、キズナの風体と、キズナの吐いた言葉によって、彼らは風前の灯火にかろうじて薪をくべることに成功する。


「待たせたわね、テロリストのクソッタレさん方!」


 大和撫子にあるべきしとやかさを捨て去ったキズナの台詞が、車内に暴風のように叩き付けられる。

 破片をくぐり抜けるようにキズナは加速した。乗客の悲鳴も、絶叫もキズナには追いつけない。キズナの言葉を理解するのが精々だろう。

 キズナは蹴破った足で扉を踏み砕くと、瞬時に好奇の瞳で索敵を開始する。

 人間では指先一つ動かすのがやっとというコンマ一秒の合間に、キズナは敵かそうでないかを見極めた。

 この場合大事なのは、端的に三つ。

 緊張と恐怖に牛耳られた車内にあって、瞳にその恐怖を宿していない者。あるいは威圧と使命を帯びた瞳を有する者。最後は享楽の眼を露わにする者。それがキズナの探す敵、すなわちテロリストである可能性が高かった。

 残念ながら確証はない。が、往々にして正しい場合が多いのも確かだ。

 人々に恐怖という名の鎖で羽交い締めにしているテロリストは、俺が視認できる範囲で四人であった。入り口に立っていた二人と似たような風体をしているので判断が容易だった。

 敵の動きも機敏である。

 誰何の言葉なく、持っていた獲物を構え始めている。入り口の扉が吹き飛ぶ前に争う物音があったのもその反応を助成しているのだろうが、素人の域を脱した良い動きであった。素人は大きな音に反射的に身体を固めてしまうからだ。

 時間が静止したかのような引き延ばされた時間の中、キズナはためらいなく一番手前の男に狙いを定める。

 低姿勢で疾駆するキズナ。対する男が懐から取り出そうとする獲物はナイフ。

 そのきらめきに不敵に頬を歪めると、キズナは突き出されたナイフの一撃を飛び越え、男の顔面にブーツの底をめり込ませていた。

 敵の何もかもがキズナに対して遅い。

 鼻骨が潰れる鈍い音が胸ポケットに届く。キズナは続けざまに、二人目の男に狙いを定める。一人目の男が白目をむくのと、二人目の男が丸腰だった三人目の男に武器を投げ渡すのはほとんど同時だった。キズナがそれに先んじて男の顔面を踏み台に加速。三人目の男に投げ渡そうとした武器が男の手元に届く前に、二人目の男を通り過ぎた。何もしなかったわけではない。見れば、疾風と共に男の身体が九十度回転して床に叩きつけられている。

 通り過ぎざまに炸裂したのはキズナのラリアット。

 のど仏を潰されたばかりか、首の骨すらも粉々にする重い一撃。加速に威力を加えた凶悪さが男を昏倒させる。着地したキズナが振り抜いた左腕をぷらぷらさせて、再度拳を握りしめる。爛々と輝くキズナの双眸は、血に飢えた獣に似て凶悪だ。

 ここでようやく三人目の男が攻勢に出る。

 投げ渡された短剣を手元に引き寄せ抜剣し、キズナに斬りかかる。そのわずかな時間ですら、キズナには退屈な時間だったに違いない。受ければ命を絶つ一撃にひるむことなく容易に懐に潜り込むと、拳を振り抜く。骨の覆わない腹部へ滑り込ませた拳は、内臓を破裂させ男の意識を奪い去る。口から大量の血液を吐瀉物と共に吐き出しながら、男は座席に座り込むように倒れ伏した。


「車内では静かに座ってなさいよね、それがマナーってもんでしょ」


 お前が言うな、猪突猛進女め。


「止まれ! 人質がどうなってもいいのか!」


 ここでようやく状況を理解した乗客から特大の悲鳴が上がった。

 蹴破られた扉の衝撃、倒されたテロリスト達の様、四人目のテロリストに盾にされた恐怖、その三つを合成した叫びであった。

 展開は急激に停滞を余儀なくされる。

 ステップを踏んで飛びかかろうとするキズナが、行動を制され立ち止まった。引き延ばされていた時間が元の流れに戻り、魔法列車の線路を渡る音が車内に戻ってくる。


「……あら」

(なにが、あら、だ。驚いたふりも大概にしろ。こうなることを想定していなかったとは言わせないぞ、馬鹿弟子め)


更新遅くなって申し訳ありません。

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