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第八十三話・「優しくしないでよ」

「確かに、お前らしくはないな」

「なんでよ……どうしてこうなのよ……どうして……どうして」


 悔しさと、切なさがない交ぜになった音程。耳朶をくすぐるような細微な声音が、顔を覆う腕の隙間から漏れ聞こえてくる。


「ふむ……」


 ソファ代わりにしていたキズナの左右二つに結わえた髪の毛から、むくりと起き上がり、テーブルの上を四足歩行で歩いていく。


「では、お前らしさとは何なのだ? いつものお前とは何なのだ? 馬鹿で、道理外れで、猪突猛進で、向こう見ずなところか? ふむ、それもあるだろう。だが……人というのはそういう単純な構造ではない」


 テーブルを叩いたキズナのせいで定位置から動いてしまったキャンドルの周りをぐるぐると回る。炎の揺らめきが俺の半身を暗闇の中に浮かび上がらせる。


「キズナよ、お前がエリスの一挙手一投足にイライラして、あらぬ行動に出てしまうことがお前らしくないというのは分かる。ならば、逆ならばお前なのか。つまらないことにイライラしないのがお前なのか? お前がお前らしいと思っていることも、お前らしくないと思っていることも、全てひっくるめてお前なのだ。キズナ・タカナシを構成する大事な要素なのだ。分かるか?」

「分からないわよ、そんなの」


 顔を埋めたままのキズナが、口を尖らせたように思えた。


「キズナ、これは師匠としての言葉でもあり、リニオ・カーティスとしての言葉でもある」


 キャンドルを背負う形で、腕の中に顔を埋めるキズナに歩み寄った。


「三歩進んで二歩下がる」

「アンタの言葉じゃないでしょ、それ」

「そう言うだろうな、普通なら」

「回りくどいわね」


 キャンドルの火は、キズナの栗色の毛髪に美しい彩りを添える。俺はキズナの手にそっと手を触れた。

 人の手と、ハムスターの手。

 その差異は比べるべくもない。

 俺がキズナに触れるとキズナは驚いたように身体をぴくりと動かす。


「三歩進んで二歩下がれとは、俺は言わない」

「……触らないでよ」


 構わず続ける。


「二歩進んで三歩下がってもいい。最悪、後退してばかりでもいい」

「触らないでって言ってるじゃない……」

「一緒なのだ。三歩進んで二歩下がっても、二歩進んで三歩下がってもな。前者も後者も、五歩歩いたことには変わりないのだ。歩いた軌跡は必ずお前の経験として蓄積される」

「……やめなさいよ。触るんじゃないわよ」


 キズナの否定の言葉を俺は無視する。

 キズナが本当に嫌がれば、飛んでくるのはまず言葉ではなく拳だ。俺はそれを知っているからこそ、言葉を紡ぎ続ける。力ないキズナの言葉を押しのけて、奥に割って入ろうとする。力ではどうにもならないその奥へ。

 普段、キズナが見せようとしない柔らかい部分へ。

 師匠として、先を行く者として、触れてやらなければいけない。


「だから、大いに間違え」


 それが、師匠として俺が馬鹿弟子にしてやらなければいけないことだと思えた。


「大いに迷い、大いに考えろ、辛い想いをしろ、痛い想いをしろ」


 俺はキズナに語りかけ続ける。


「いやよ……。私に……優しくしないでよ……馬鹿リニオ……」

「馬鹿なお前に近道などない。遠回りをして、人には歩けないぐらい遠回りをしてもいい。お前の歩んでいる道など、たとえ他の誰かが歩きたいと思っても歩けない道だ。お前以外には誰にも歩けない苦難の道だ」


 言葉の末尾に、俺はキズナに笑いかけていた。


「喜べ、キズナ、人はそれを前人未踏と呼ぶ」


ごめんなさい……遅くなってしまいました。

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