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第八十話・「なんでリニオなのよ!」

 ……さらに数周。


「ぐうの音も出させないわよ、アンタ達! 私はこれでラスト一枚よ!」

「すごいですわ、キズナ様っ! 苦難苦節を乗り越えてようやくここまで辿り着いたのですね!」


 我がことのように喜びの花を広げるマレーナに対し、エリスは至って落ち着いた素振りでペンを取る。キズナが残り一枚で勝負に勝ってしまうというのに、その顔に焦りはない。確信めいた何かがあるように感じられる。


『伝えたいことがある』


 エリスが渡そうとした紙を押しとどめるようにして、キズナは手のひらを向ける。


「いいのよ、エリス。あんたの気持ちはよーく分かるわ。悔しいんでしょ、分かる、分かるわ。私も鬼じゃないもの」


 鼻高々とはこのことか。倭国には天狗という種族が存在していると言うが、まさにそんな格好だ。ない胸を張りながら、一枚のカードを扇のようにして自らの顔を仰いでいる。過去、大陸西側の貴族が貧困を訴える民衆に対し、パンがなければケーキを食べればいいじゃない、と言った貴族がいたそうだが、まさにこんな感じだったかも知れない。

ふむ……キズナを見ていると、こういった皮肉の例えには事欠かないから不思議である。


「でも、私も小さい人間じゃないから、哀れな人間には慈悲が必要よね、うん」

「素晴らしいですわ! キズナ様がまるで古代ギリシア軍に勝利したイリオス王プリアモスのようにさえ見えてしまいますわ!」


 マレーナよ、それは不吉すぎるだろう。史実通りだと、キズナは後に大変なことになるぞ。まぁ、キズナがトロイの木馬の背景を知るわけも無かろうが……。


「いいわ、慈悲を与えるわ。待ってあげるから、ぐうの音も出ないくらいに遠慮無く悔しがっていいのよ、さぁ、ぐうと言って悔しがりなさい!」


 エリスが困ったような目で肩に乗る俺を見てくる。見るな、お前に見られると全世界に対して申し訳がなくなってくる。


『キズナ』

「やっと悔しがる気になったの? さぁ、エリス! 遠慮無く悔しがってみせなさい!」

『……ウノって言ってない』

「あらあら、まあまあ、キズナ様ったら」


 エリスの鼻先に指を突きつけるキズナ。紙を見せつけるエリス。二人の腕がクロスカウンター気味に交差する。


「な、何よ、何だって言うのよ」


 寄り目になって突きつけられた紙に目を通す。意味をすぐには介せないキズナが一層の哀れみを誘った。格闘技ならば相打ちだろうが、残念ながらこれは頭脳戦。パンチの威力は遥かにエリスの方が上であった。自分が気絶しているのも分からないほど綺麗に決ったKO劇。


「僭越ながらマレーナが解説させていただきますと……手札が残り一枚になるときは、ウノ、と高らかに宣言しなければなりません。宣言を忘れてしまいますと、山札からペナルティとして二枚取らなければいけなくなってしまいます。今となっては後の祭りではございますが……次のカードが出されるか、山札のカードが取られるまでに他の方に指摘されませんと、ルールは適用されずに取る必要はなくなります」

「な、なんですって! そんなローカルルールなんて無効よ! 無効!」


 思いっきりメジャールールだ、愚か者。


「と言うわけで、キズナ様、とても悲しいことではございますが……二枚お引きくださいませ」

「う、ぐう……っ!」


 親身になってキズナの苦渋に寄り添うマレーナ。キズナは苦渋を飲込むことが出来ずに猛獣が唸るようなうめきを漏らす。


『リニオ、みてみて』『ぐうの音』

「うるさい! このチビ!」

『リニオ、キズナがいじめる』


 悲しげに眉根をたゆませて、肩に乗っている俺に頬ずりをしてくる。

 おー、よしよし、かわいそうなエリス。こいつは性悪女だから、後で師匠の俺からみっちりと注意しておくからな。少しぐらいは大目に見てやるのだぞ。


「こんなクソゲーム……」


 俺とエリスが火に油を注ぐ形となり、ついにかんしゃくを起こすキズナ。


「やってらんないわ!」


 場に叩き付けらレた一枚のカードが、ばしんとカードならざる音を立てた。


「キズナ様、普段の凛々しいお顔もさることながら、苦しみと悔しさを含まれたその表情、たまりませんわ……うっとり。ああ、私としたことが、カードゲームをしているだけというのに、このような劣情を催してしまっては、この魔法列車のウエイトレスとして失格ですわね。出来ることならば、キズナ様にこの揺れる想いと、じくじくとうずく身体にお情けをいただきたいくらいですわ」


 頬に手を添えたマレーナは、まるで熟して色づく果実のようだ。薄い水の幕を張る瞳もさることながら、大人の女を匂い立たせる表情は瑞々しくなまめかしい。


「なんでよ……」


 男女関係を越えた生ぬるい鎖状の視線を引きちぎるように、キズナは勢いよく立ち上がった。衝撃に崩れた山札が、エリスの方へ雪崩れる。


「なんでリニオなのよ! 何でリニオじゃなくちゃいけないのよ!」


 思わぬ言葉が和んでいた場の空気を、一瞬にして吹き飛ばしていた。


読んでくださった方、興味を持って下さった方、ありがとうございます。

年末は作者がとても多忙になってしまうため、更新が限られてしまうことを深くお詫び申し上げます。落ち着きましたら、二日に一回の更新に戻ることが出来ると思いますので、今しばらく猶予をいただけたらと思います。ではでは、評価、感想は作者の栄養になります。

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