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第八話・「綺麗な薔薇には刺がある」

 では順を追って状況を解説していこう。

 キースはうつぶせに倒れ、こめかみをキズナに足蹴にされている。


「クソ、この俺が……足蹴かよ……!」

「黙ってて。これ以上口を割るなら、こっちは頭を割るわよ」


 さらに強くコンクリートに押しつけられたこめかみからは血が流れ、徐々に赤の範囲を広げ始めていた。

 アルフの首筋には【川蝉】の柄から伸びた青白い白刃が突きつけられている。


「先程の【恩寵者】……どういうつもりだ」

「答える義務はないわね。殺す権利はあるけど」


 高密度に収束した青白い刀身は超高熱で、アルフの首筋はその影響か赤くただれ始めていた。

 少しだけ解説させてもらえば、【川蝉】は、一見、刀から刀身を排除したものと同じ形をしている。基本は鍔と柄だけ。キズナの魔力を通すことで初めて起動し、現在のような力を発揮する。その証拠に、キズナの腕周りには魔力を返還させた証である青白い魔法文字が、ぐるぐると楽しげに踊っている。

 【川蝉】というのは魔法具――魔法を伝導させることによって効果が現れる道具――の一つで、正式には魔法刀と呼称される倭国独特の武器だ。

 とにもかくにも、レザージャケットの二人はいずれもキズナに生殺与奪の権を握られており、指一本動かせない状態。

 一方で、メイドは突如現れたキズナに警戒を隠せないでいるようだ。身体に深刻なダメージをきたしながらも、きちんと構えを取ってみせる。その視線がチラチラとうかがうのは、キズナの懐に抱えられたコートの女、メイドの主人であるエリスだった。


「動くんじゃないわよ、メイド。こいつを無事に返して欲しかったらね」


 キズナよ、その台詞では助けに入ったようには思えないぞ。


「そうだ、この場は私が預かるってことにしない? エリスは私が預かる。アンタ達はこの場から立ち去る。そうすれば、もれなくアンタ達三人の命は助けてあげるわ」

(……外道だ)


 胸ポケットの中でつぶやく俺。あっけなくキズナの視線の刃で制される。


「メイド、アンタに決めさせてあげるわ」

「……」


 メイドの視線がキース、アルフ、キズナと動き、最後にエリスの元で止まる。噛みしめた奥歯から悔恨の念が歯ぎしりとなってこぼれ出す。フラットな表情の中では様々な葛藤が生まれては切り捨てられているに違いない。


「……いいでしょう」

「おーけー、決まりね」


 キースから足をどけ、アルフに突きつけた【川蝉】の刀身を消失させる。青い刀身が消失すると同時に、キズナを取り巻いていた魔法文字も風に飛ばされる灰のように消えていった。


「おい、お前、名前は?」


 こめかみから流れる血をそのままに、立ち上がったキース。


「私? キズナよ。キズナ・タカナシ」

「キズナか、覚えたぜ」


 猛々しく瞳をぎらつかせる。血に飢えた野獣の牙を持て余しているのだろう。


「情けをかけたこと、必ず後悔させてやる」


 キズナを挑戦的に指差した。二つの銀のウォレットチェーンが並んで立ち去っていく。


「黙ってないで、お前もなんか言ってやれ、アルフ」


 するとアルフもくるりと振り返り、キズナを指差す。


「情けをかけたこと、必ず後悔させてやろう」

「同じかよっ! アルフー、何かあるだろうよー、格好いい決めぜりふがさー」

「……他に言葉が思いつかなかったのだ」


 巨躯と細身の男が悠々と歩き去る。二つの黒いジャケットに路地裏の淡い光りが溶け込めば、独特の質感を持ったレザーが不気味なほどに暗闇に映えるのだった。


「さて……いつまでも乱雑に扱って悪かったわね」


 小脇に抱えたままだったエリスをゆっくりと地面に下ろしてやるキズナ。

意外に優しいところもあるのだな、キズナ。てっきりドサリと投げ捨てるのかと思ったぞ。


(……聞こえてるわよ、リニオ)


 こそこそと会話する師弟。人語を話すハムスターというものは、俺という例外を除いてこの世界には存在しない。発見されれば色々と面倒であるのは明らかだ。自ずと人前では、小声での会話が必須となる。


(おっと、いけない口はこの口だったか、後で叱っておこう)


 ため息をつくキズナをエリスが眩しそうに見上げていた。突然、アルフに締められた喉が痛み出したのか、軽く咳き込むエリス。


「エリス。この女は危険です」

「綺麗な薔薇には刺があるって言うしね、間違ってはいないわ」


 当たってもいないがな。キズナの過剰な自信に辟易していると、エリスがメイドよりも一歩出て、首をふるふると横に振る。顔を隠していたフードを取ると、金の頭髪が生まれたばかりの清流のように流れ出す。透き通る金色。つぶらな青い瞳。小さな顔から形の良い鼻梁がつんと存在を主張している。一般人では到底達しえない高貴な面立ちが、路地裏には多分に不釣り合いだった。


(何年ぶりか……相変わらずの美女ぶりだな、エリス。小さな頃の面影を残したまま美しくなっている。当時は美少女だったが、今ではもう美女の粋か……あとは大人としての魅力だけだな、特に胸――うががっ!?)

「少し黙ってなさい。アンタの口からそんな言葉聞くと、なぜか無性にイライラするの」


 胸ポケットから顔をのぞかせていた俺を、パン粉をこねるようにポケットに押し入れる。


「今度は独り言ですか。先程の意味の分からない薔薇発言といい、やはり危険ですね。エリスのためです、今すぐに排除してさしあげます」

「へぇ、アンタに出来るわけ? あんな奴等に手こずっていたくせに。笑っちゃうわね」

「態度も胸のように控えめであれば、痛い目を見ないで済んだというのに、誠に残念です」

「は、発展途上よっ!」


 子供の言い訳か。

 メイドとキズナの間で、一触即発の雰囲気が出来上がる。棘があるのはお互い様ではないだろうか。磁石で言うところの同極同士。つまり……似たもの同士と言うことだ。ただでさえ歩く公害のようなキズナがもう一人増えたみたいで鬱になる。


「……!」


 エリスは言葉を発さず、メイドのスカートをくいくいと引っ張る。


「エリス、何度も言いますが……」


 メイドの注意に首を精一杯横に振るばかり。右に左に揺れる金髪がとても艶やかだ。俺は再び胸ポケットから這い出して、エリスの仕草を眺めていた。ふと目が合うと、エリスが俺を見て破顔する。今の俺は可愛いハムスターだからな、頬がゆるんでしまうのも当然か。ふふん、俺の機嫌が良ければ、撫でさせてやってもいいのだぞ。


「わがまま言わないでください、エリス。いいですか、馬鹿は近付くと移ります。見て下さい、ネズミもいます。ネズミから人に感染する病気もありますから、十分気をつけなければ」


 俺がキズナに馬鹿を移したみたいな言い方に聞こえる。声を大にして訂正してやりたいが、出来ない。うぬぬ、何というジレンマ。ぐぬぬ、何というやるせなさ。

 俺が頭を抱えてうんうんとうなっていると、エリスが首からぶら下げた金色のケースを空けるのが目に留まった。中には紙の束とペンが入っていて、エリスはペンで紙に何かを綴り始める。


(ああ……そうか、エリスお前はまだ……)


 エリスはキズナに綴った紙を差し出すと、ぺこりと大きくお辞儀をした。

 そこには大きくこう書かれていた。


『助けてくれて、ありがとうございます』

(――言葉を話すことが出来ないのだな)


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