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第七十九話・「いえい」

『リニオ、次は?』


 俺はひげをさすってゲームに思考を戻す。

 ふむ……始めたばかりでまだ対局に影響はない。俺の個人的な感情で恐縮だが、キズナが緑色を多く手札に持っているようなので、場札の色を変えて嫌がらせをしてみるというのはどうだろう。


『了解なの』


 言葉も交わしていないのにどう了解したのかは分からないが、エリスは手札から一枚のカードを抜き出す。緑色だった場札を、同じ数字の赤色に変えていた。次はキズナの番である。


「うぐ……パスよ」


 キズナは苦々しげに唸ると、山札から一枚のカードをひったくる。どうやら、予想は的中だったようだ。

 ……おい、キズナよ、そこでなぜ俺をにらむ。俺はこうすればいいな、とは思ったが、エリスに対して助言したわけではないのだぞ。先程のは、一から十までエリスの悪意だ。


『キズナさんは赤色が』『持っていないの』


 わざわざ紙に書いて場札に置いた。エリスには珍しい挑発行為である。なぜだろうか、エリスはキズナと勝負したがっているようにも見えた。


「ねぇ、エリス」


 キズナは場札の隣に置かれたエリスの紙を取り、じっと見つめる。静かな声でキズナがエリスを呼ぶ。短気なキズナのことである。早々に怒りに着火したか。


「なんか違和感あると思ったのよ」

『なんのこと?』『私、ズルしてないの』

「そんなことじゃないわよ」


 手に取った紙の問題の部分を指し示すキズナ。


「私の呼び方よ。特別に、キズナでいいわ」


 俺はゲームも途中だというのに、呆けたようにキズナを見つめてしまった。キズナをそれに照れたように顔をそらすことで応じる。


「ほ、ほら、アンタはタダでさえ文字を書くことが人より多いんだから、文字数が多くなると困ると思ったわけ」

「まぁ、キズナ様ったら、照れてらっしゃいますの? 顔が赤いですわ」


 うふふと笑うマレーナ。


「う、ぐ、朝焼けのせいよ」

「今は昼ですけれど?」

「夕焼けよ!」

「いえ、違いましたわね。夕方ですわね」

「日焼けよ!」


 訳が分からんぞ。


「馬鹿ウエイトレスが血迷ったことを言ってるけど、気にしなくていいから。エリスは単純に、私の心遣いに平身低頭感謝してればいいの。さんがなくなった分、これで二文字楽になるんだからね。いい、エリス、特別に許すんだからね、感謝しなさいよ」


 珍しく照れているなと思えば、何でそんなに偉そうなのだ。

 不器用な我が弟子にため息を吐く。エリスはそんなキズナに俺と同じ驚きを見せて、気がついたように紙に文字を綴り始める。差し出した一枚には、中央に可愛らしい文字が配されていた。


『キズナ』

「ふん、まあまあの字ね。引き続き精進しなさいよ」


 紙の無駄遣いにならなければいいがな。馬鹿弟子と関わると浪費しかねない。


『うん、精進するの』


 俺の忠告の聞こえないエリスは大きく首肯した。


『キズナ』『キズナ』『キズナ』『キズ――

「あー、もういいわよ」


 さては、また照れているなこの弟子は。手札を扇状に広げて捨て札を探している振りをする。残念だが、そんなことではお前の赤い顔は隠せないぞ。


「それよりマレーナ、分かってるわよね」

『キズナさんは赤色が』


 一度、差し出した紙を再度出そうとして、手を止める。エリスは先程書いた紙に二重線を引いた。

 二重線を引いて訂正する箇所は、きっとその場にいた誰もが分かっていたに違いない。


『キズナは赤色が』『持っていないの』


 キズナはニヤリと笑って、それ以上何も言わなかった。ひな鳥が巣立って満足している親鳥ようだ、とは言い過ぎだろうか。


「エリスが言った意味をよく考えることね。場は赤色よ、マレーナ」

「……! 任せてくださいませ」


 驚きの言葉を受け止めるように口元に手のひらを置き、何かに気がついたようなマレーナ。

 キズナの悪巧みなどお見通しだぞ。どうせ、マレーナが自分の味方であることを利用するつもりだろう。

 マレーナはよどみなく手札から一枚取り、場に置いた。


「こういうことですわね」


 赤色のカード。


「そうそう、この色を待って――って赤? あかぁっ!? アンタほんとに分かってんの!?」

「あら? 私とエリス様でキズナ様を倒しましょうということではないのですか?」

「倒しましょうじゃありませんわよ!」


 いまにも手札を全部投げつけそうな勢いのキズナ。

 怒りで口調が変わっているぞ。


『じゃ、私も赤を出すの』

「上等、この場を赤く染めてやるわ」


 魔法刀を握りしめるキズナ。

 落ち付かんか、馬鹿者。

 俺の鋭い視線を受けて、キズナは浮かした腰をドスンと下ろす。スカートが空気抵抗を受けて舞い上がった。相変わらずの黒の下着を遅れてきたスカートがふわりと隠す。


「見てなさいよ……。パス」


 一枚引きながら、ぶつぶつと呪詛まがいの言葉を発する。たかがゲームで恐ろしいことだ。

 ……以降、何事もなく手番が周回し、場も赤ではなくなった。エリスがカードを捨てて、キズナの番。そしてついに、キズナの反撃が始まった。


「私のターンね! あげるは反撃の狼煙! まずはこの気にくわない順番を変えてやるわ! リバースカード! 見ていなさいと言ったでしょ、これで私は容赦なくエリスを攻撃してやれるのよ!」

『リバース』

「あらあら、これでまた順番が入れ替わりましたわ」

「何ですって……!?」

『リバース返しなの』

「嘘でしょ!?」

『ルール上可能なの、いえい』


 見事なピースサインだ、エリス。

 どんな強大な邪気も、その笑顔の前ではそがれてしまうだろうな。


「残念ながらキズナ様、これではあきらめるしかありませんわ」

「ぐぬぬぬ……」


 キズナが空腹の犬のように唸る。


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