第七十八話・「仲良くしてんじゃないわよ」
「照れ屋なんですから、キズナ様は」
頬に手を当ててうっとりとしながら、山札からキズナのドローツーによる二枚を手札に加える。そのうちの一枚を場に捨てて、次はエリスの番だ。
手札を着る順番は、エリス、キズナ、マレーナ、エリス……の順番になっている。残念ながら俺に参加資格は与えられていないので、エリスの肩の上で戦況を見守ることしかできない。
「次はエリスの番ね、早くしなさいよ」
マレーナにくっつかれて暑苦しかったのだろう、キズナが手持ちのカードを扇のように広げながら、顔を仰いでいる。
『リニオ、何を捨てる?』
エリスが胸元にぶら下がっている金色のケースを空けて、そう書き込んだ。俺に見やすいように右肩にカードを寄せてくれる。そのエリスの俺に対する些細な優しさが、胸の中で透明な水に変わり、淀んだ俺の心を薄めてくれるような気がした。
浮かんだのはそんなイメージ。
珍しいほどの感傷的な気分に、俺はエリスの肩の上で自嘲の笑みを漏らした。
……うるわは俺の正体をエリスに明かしたりはしなかった。
俺の意志を聞いてもなお、うるわがエリスに俺の正体を明かさないのは、エリスがハイザーゼンでの手術へ進んでいる一分一秒の中で、余計な心労を与えたくないという配慮なのだろう。手術によって命が助かる代償に、過去の記憶が失われる、それが条件。リスクを背負いながらも、手術を受けること。命を救うことの出来る唯一の架け橋が、俺という存在の露見によって揺らいでしまうことは何があっても避けなければならない。
俺がリニオであることを明かしてしまっては、エリスに残る傷口を開いてしまうばかりか、中に入り込んで抜けなくなっている棘をより深く差し込んでしまうことにつながりかねない。エリスに手術をためらわせる要因を与えてはいけないのだ。エリスは過去にこだわらずに手術を受けるべきだ。そのためには、俺は空気のように近くにいながらも、気がつかせないように見守ることが一番であろう。
こう言うのは癪だが、リニオという偉大なる師匠ではなく、ハムスターというキズナのペットとして、ただの一匹の小動物として、見守るしかない……そう、うるわは言いたいのだろう。理解できる。主人を思うが故の決断である。
『リニオが言ったから、これなの』
エリスが場札にカードを捨てる。もちろん、俺は何も言ってはない。エリスは俺と遊んでいる時の楽しそうな笑顔を浮かべながら、俺とカードを交互に見比べている。エリス、お前は微笑ましい奴だな。もちろん、良い意味でだ。
「……なによ、仲良くしてんじゃないわよ」
「キズナ様? そのように力を入れてしまっては、カードが折れてしまいますわ。でも、安心してくださいませ。マレーナの心は、カードとは違い、キズナ様のどんな責め苦にも決して折れたり致しません。むしろ、痛みこそ最上の愛の手段として、全て受け止めて見せる覚悟でおります」
「あんたなんか……代わりになんかなれないわよ」
「口惜しいですわ。キズナ様は、別の大事なものを想っていらっしゃいます。代わりを探すということは、その元となるものを失いたくないがために思う感情ですから。大切に想っている証拠ですから」
「何知ったかぶってんのよ、勝手なこと言わないで」
「ああ、なんて冷たいお言葉。でも、マレーナはそんなキズナ様が愛おしいですわ。傷心のキズナ様を私が優しくお慰みいたします」
「そうやって最もらしいことを言って、私に触る口実が欲しいだけじゃないの?」
「あら、うふふ、ばれてしまいました?」
「……馬鹿女」
キズナの憂鬱そうな声が聞こえてきて、俺は沈思黙考から抜け出した。
いつの間にやら、手番は一周し、再びエリスの番である。