第七十七話・「ドローツーよ!」
少女は、血を吐き出すように、魔力を吐き出す。
エリスが倒れたのは、魔法列車の旅も半ばにさしかかろうという、夕日が差し込む客室の廊下であった。
――そのわずか前。
客室乗務員に部屋の掃除を任せるのを拒否したうるわが、自ら部屋の掃除を買って出ていた。うるわ自身の持ち物である安手のトランク、エリスの着替えや小物類がぎっしりと入ったブランドもののトランクに、エリスの日記帳や、録音再生が出来る魔法具など……なにかと簡単に触れられては困る品々が多かったからかも知れない。うるわが部屋をてきぱきと片付けている間、キズナはエリスとの遊び相手を命じられていた。
部屋前の廊下の通路を占拠する形で、三人と一匹がカードの山を取り囲む形で座っている。
赤、青、黄、緑の四色のカードを各々が手に持っていて、手持ちのカードは色にはじまり数字、あるいは記号が様々に異なっている。その手札の中から順に、場札と数字もしくは色、記号の一致するカードを出していき、いち早く手札を消化した者の勝利というゲームである。ちなみに、手札が残り一枚になる者は、その場でウノと宣言しなくてはならないらしい。
記憶は古いが、大陸南部にはマージャンという卓上のゲームがあった。確かあのゲームも残り一つで上がりという状況になるとリーチなどと宣言することが出来たな……。後一歩で自分があがれる時に、わざわざ敵に宣言するとは殊勝なことである。俺ならばずっと黙り通して、誰にも知られぬうちにこっそりとあがってしまうのが性に合う。俺は前線で激しくやり合うより、奸計を巡らし絡め取る方が好みなのだ。その方が何よりスマートで美しいからな。
そうは言っても、キズナという馬鹿弟子が存在している以上、俺の奸計など関係なしとばかりに正面切って突入していくだろう。策を巡らす度に無駄になるのにはもう慣れた。馬鹿弟子にとっては、戦うことが全て。俺の奸計など関係なしなのだ。奸計など関係なしなのだ。
あえてもう一度言おう、奸計など関係なしなのだ!
……話を戻そう。
手札をなくすだけのゲームでは、ゲームとして捻りがなさ過ぎる。そこにきて、カードの中に記号があることを思い出して欲しい。その記号というのが、このゲームに絶妙の演出を施しているのだ。
単純に言ってしまえば意地悪をすカードである。
一つ目は、リバースカードというもの。その名の通り、手番が反対周りになるカードである。二つ目は、スキップカード。次の手番の者を一回休みにするカードである。三つ目のドローツーカードは、次の手番の者に無条件で山札から二枚取らせる攻撃的なカードで、四つ目のワイルドカードは、場札に関わることなく、自らの手番ならいつでも出すことができ、さらに現在の場札の色を己が自由に変更することが出来る至って便利なカードである。最後のワイルドドローフォーカードは、場札と同じ色、あるいは同じ数字がない場合に限りいつでも出すことが出来、現在の場札の色を指定できる上に、さらに次の手番の者に山札から四枚取らせるという悪辣極まりないカードである。
駆け足のように説明してしまったが理解していただけたであろうか。
ちなみに、俺は一瞬で理解できた。なにせ偉大であるからな。馬鹿なキズナと違って他愛のないことだ。同時に、単純ながら奥深いゲームであることも推測できた。
このゲーム、エリスがゲームを始める前に説明した言葉を借りれば、『ウノ』というゲームらしい。最近ゲームなどに興じることもなくなった俺からすれば、とても興味深いものである。俺はエリスの肩の上にちょこんと座りながら、ゲームの情勢をうかがっている
「ドローツーよ!」
キズナが勢いよく場札に重ねる。
俺の正体が白日の下にさらされた時、なぜか怒って部屋から出て行ったキズナ。あの後、この馬鹿弟子はまた食堂車にいたらしい。暴飲暴食もいいが、この魔法列車に乗っている人間がキズナだけではないことも十分理解して欲しい。やけ食いとは直情的なキズナには良くあることだが、鉄の胃袋のおかげで全く行動には支障をきたさない。少しは胸焼けや、胃もたれを起こしてしまえばいいものを。なぜ神様はコイツにこのような頑丈な肉体を与えになったのか、激しく疑問である。
「ドローツーだなんて! ああんっ、キズナ様! 私はかようにキズナ様に引かされてしまうのですね! カードだけでなく、心も体もぐいぐいと引かされてしまうのですわ!」
「うるさいわね、アンタなんか引いてくれってお願いされたって引かないわよ」
ミニスカートであぐらをかいているキズナは、苦虫を噛み潰したような顔をする。
「嘘ですわ! あのとき、私が悪漢に襲われていたあのとき……キズナ様は熱い瞳で、私のだって言ってくれたではありませんか!」
カードを胸に抱えたまま、いやんいやんと身体を左右に振る。胸の大きさは平均的だが、前に張り出した形の良い胸、それが遠心力に惑わされるように左右に揺れている。
ほう、これは見所があるな。なかなかの眼福である。
間髪入れずに飛んでくるキズナの鋭利な視線。俺は心中で舌打ちしすぐさま顔をそらした。
馬鹿弟子め、こういうことにかけては鼻が利くな。
「キズナ様、私はあのとき運命を感じてしまいましたの。ああ、きっとキズナ様こそ……私の、マレーナのうずきを鎮めてしてくれるお人なのだと……」
隣に座っているキズナの身体にしなだれかかり、ミニスカートから伸びた太ももを優しく指先でなで上げる。ウエイトレス姿の麗しい女が、艶っぽい仕草でキズナの耳に熱い吐息を吹きかける。頬は上気し、瞳は夜露のように濡れている。それは愛に溺れる貴婦人のようであり、指使いは男を堕落させる魔性の動きである。さすがに大陸でも選りすぐりの才色兼備の佳人を要する魔法列車のウエイトレスだけある。
「ちょ、触るんじゃないわよ、この変態ウエイトレス!」
「変態ウエイトレスだなんて、愛しくマレーナとお呼びになってくださいませ」
気軽ではなく、愛しくと言うところがずうずうしい。
「まったく……なんで私の周りにはこんな変態ばっかり……」
お前こそ本物の変態だろうが。この戦闘狂め。
「とにかく、さっさとカードを引きなさいよ。いつまで経っても終わらないでしょうが」