第七十五話・「恋に落とした」
「な、何よ、二人して……。はいはい、黙りますよ、黙れば良いんでしょ、ばーかばーか」
真っ赤な舌を出したキズナが、ぷいと背中を向ける。そんなキズナの子供じみた態度に、俺は目をつぶって眉間を指で押さえる。最近、どうも頭痛が頻発するのは、全くもってこの馬鹿弟子のせいだ。
「今回のことは、あなたの仕業ですか?」
「仕業とはどういうことだ」
眉間を押さえながら、俺は薄目を空けてうるわを見上げた。うるわはいつもの無表情であるように見えるが、疑義を正す迫力がある。
時間の経過と共に、俺はうるわのそういう機微を分かるようになってきた。伊達に、人間であった頃からの知り合いではない。
「……何らかの因果を感じざるを得ませんから」
「因果か……運命を感じるとはお前も俺に惚れたか?」
「ちょっと! 嘘でしょ!?」
「……黙るんじゃなかったのか?」
竜巻の如く振り返ったキズナが、慌てた様子で足を踏みならした。俺のつぶやきはその竜巻にかき消されてしまう。
「何を真面目に受け取っているのですか、キズナ。こんな与太話はリニオ・カーティスの常套句に決っているでしょう。付き合いの長いあなたのはずなのに、そんなことも分からないのですか? それとも師弟関係などというのはただの飾りですか? それとも、やきもちですか?」
「飾りじゃないわよ! 知っていたわよ! 分かってたわよ! わざとなのよ! 違うわよ! 勘違いするんじゃないわよっ!」
よ、のタイミングで地団駄を踏むのはよいが、お前の力では床が抜けるぞ。
真っ赤な顔で駄々っ子に変じた馬鹿弟子は、そのままうるわの言葉全てを否定し尽くした。
沸騰するのは勝手だが、そろそろ頭がオーバーヒートを起こすのではないか?
「常套句なのよ! 付き合い長いのよ!」
「黙れ、キズナ」
「黙ってなさい、キズナ」
「ぬぐあぐあぐーぐ!」
人外の言葉を発しながらキズナが今度こそ黙り込んだ。すり切れんばかりに歯を噛みしめて悔しがっている。
何というか……哀れな弟子である。
「出来ることならば、今日という日に、リニオ・カーティス、あなたとは再会したくありませんでした。それが……エリスのためになりますから」
うるわの瞳には俺が映る。見目麗しいハムスターの姿だが、うるわには敵のようにでも映っているのだろうか。エリスを苦しめる悪魔のような存在として。
「エリスの心の中に今なお深々と突き刺さる棘……それがリニオ・カーティス。決して抜けないばかりか、エリスの無垢な身体を締め上げ、動きを奪ったあげく、じわじわとなぶり傷つけていく茨のような存在」
「大層な言われようだな。俺はエリスにそうしようとしてしているわけではないぞ」
俺は微塵のはずだった怒りに突き動かされ、しっぽを床に叩きつけていた。サーカスの虎を火の輪にくぐらせる調教師の如く、強い気持ちがこもっている。
「俺がエリスを恋に落としたのではない。エリスが自ら恋に落ちたのだ」
うるわを指差し、言い放つ。
「そこに故意は存在しない、恋だけに……な」
「だとしても、リニオ・カーティスという存在が許せません。このまま踏みつぶして差し上げたいくらいです」
右足を上げて、渾身のギャグごと俺を踏みつぶそうとするうるわ。
俺はそこに垣間見る。
「ガーターベルト、グッジョブだぞ」
ハムスター視点からだと、右足を上げたうるわのスカートの中身がチラリズムだ。清楚なメイド服とは一線を画する黒のガーターベルトが見えた瞬間、俺は何に感謝するでもなく親指を突き立てていた。
興味を持って下さった方、読んでくださった方、ありがとうございます。空気清浄機を買いました。パナソニックの『うるおいエアーリッチ F-VXE60』というやつです。これで少しは執筆環境が良好になればいいのですが……。これからも頑張って更新します。評価、感想、次話の栄養になります。