第七十三話・「エリスを欺いた罪は万死に値します」
「今の数は、キズナ、あなたが師弟関係を否定しなかった回数です」
うるわの眼力が、キズナの鬼気を押しとどめる。
「まず、一回目」
右の握り拳をキズナに向かって突き出し、大仰に数え始めた。まずは人差し指が起き上がる。
「キズナが反面教師、反面教師と浮かれていたときです。右耳から入ってきた記憶を歩く度に左耳から落としているシナプスの最短記録を持つキズナのことですから、覚えていないでしょうが……、普通は何事かのリアクションを返してもおかしくないくらいに不自然な私の発言です。事実、聡明な私の主人であるエリスは気がついていたようです。流石エリスです、どんどんぱふぱふ」
幼稚なサウンドエフェクトも、感情がこもっていなければ空しさだけが残――って痛い! 痛いぞキズナ! 手に馬鹿力を込めるな。デリケートな俺を鷲づかみしたままということを忘れているのではないか!? 俺は乙女のベッドに座っているぬいぐるみとは違うのだぞ。図星だからと言って八つ当たりに使われても困る。
(いちいち解説の間に私を馬鹿にするのが気にくわないわね。やり口がどこかの馬鹿を思い出させるわ……!)
俺を見るな。殺気を込めるな。
(……思い出したぞ、あのときか)
――エリス、聞きましたか? 鞭の雨らしいです。愛の鞭ならばともかく、自らの師匠になんたる仕打ちでしょうね。弟子が聞いてあきれます。
――『?』
確かにうるわの言うとおり思い返してみれば明らかに不自然な会話である。何気なく会話の流れに紛れ込ませているが、木を隠すならば森の中と言うには明らかに毛色が違う。針葉樹林のなかに満開の桜を隠すようなものか。
一部始終を思い出し、俺はまたも自分の管理能力の無さに頭を痛める。
いやいや、これは管理者の問題ではないはずだ。キズナという馬がもう少し御しやすいと俺も楽なのだ。そもそも手綱を締めるにも肝心の手綱をつけられないのでは意味がない。つけたとしてもこの馬鹿弟子は容易に食いちぎるだろうが……。
「そして二回目は、たった今のあなたの発言です」
人差し指に続いて、中指が握り拳から立ち上がる。
「それにより、師匠がリニオであるという証明にもなりました。『師匠共々……』という私の問いに対して、『リニオはともかく……』という返しは、最高に美味しい食材でした。ごちそうさまでした」
ぺこりとお辞儀をするうるわ。馬鹿弟子が。語るに落ちすぎだ。
「ふ、ふふふ……いいことを思いついたわ。私が今この場でそれを叩き壊してやれば、証拠隠滅ってことじゃない? 証拠が無くなれば、全ては元に戻るわ。証言をするものがいなくなれば、言質も消えるわ」
開き直ったキズナの凶悪な笑いは、連続殺人犯も立ちすくむ。
魔法列車そのものが証拠と言われれば、この列車ごと破壊しかねないだろう。
「では、護衛の契約は破棄と言うことでよろしいですね。キズナさえよければ、私は一向に構いません。もともと賛成ではありませんでしたから。エリスの悲しむ顔は見たくありませんでしたが……それも致し方ありません。それ以前に、いかなる道程を辿ったとしても、エリスを欺いた罪は万死に値します」
「上等、契約は――!」
「もういい、キズナ、止めるのだ」
俺は、キズナの手の中で小さくうめいた。
「リニオ!」
キズナの叫びは放置する。
「うるわよ……悔しいが俺の負けだ」