第七十話・「ふぁ……うん……あぁ……っ!」
一つ大きな咳払いをし、俺は声の調子を整える。
「うおっほん……では、リクエストにお答えして、今回の講義はこれから向かうハイザーゼンについての講義といこうではないか」
抱きしめていた口紅を横倒しにする。俺はそれをベンチ代わりに腰掛けると、はっきりと下言葉づかいで口を開いた。
「世界でも最先端をいく技術のほとんどは、ハイザーゼンという研究都市で開発されていると言っても過言ではない」
キズナが放り投げたいくつかの香水や、化粧品を右に左に動き回りながらかき集め、ベンチの周りに一定の距離を保つように配置した。動き回りながらも説明は止めたりしない。
「いいか、まず俺が座っているこの口紅が大陸一の首都エレイドだ」
まず俺の座る口紅を指差す。
「それを取り囲むように、いくつもの衛星都市があり、それぞれに独自の発展を遂げている。代表的な都市を挙げれば……」
次に、周囲に並べた香水や化粧水を、順を追って一つ一つ指差していく。
「工業都市ウェストン、学園都市マランツ、経済都市アーカーゲー、政治都市クリプシュ、そして俺達が目指す研究都市ハイザーゼン……って、キズナよ、自分で教えを乞うておいてあくびをするな。飽きるにしてもずいぶんと早すぎるだろう」
喉の奥まで大露わだ。
「ふわわ……悪かったわよ。だって、リニオの話って頑張って聞いてやろうと思ってもすぐに眠くなるんだもん、自分ではどうしようもないわ」
紅葉の季節が終わり、次は冬眠の季節か。どこぞの野生の熊のように季節に従順なのだな。ああ、だから先程冬眠のために食いだめをしていたと言うことか。それならば納得がいく。
「キズナ、お前はまず聞いてやろうという上からものを言う態度をどうにかしろ。何度も言うようだが、お前は教えられているのではない、教えてもらっているのだ。俺の講義が聴きたい人間はこの世に掃いて捨てるほどいるのだぞ」
「掃いて捨てる程ねぇ……じゃ、みんなゴミってことね」
両手でほうきを握り、地面を掃く仕草をする。
「しかしながら、先端技術に特化した研究都市という顔を持つハイザーゼンは、その中でも別格で、予算は他の衛星都市の倍以上を誇り、政治的な面でも数多くの権力者を有している。いわば、特別な持った都市と言えよう」
「無視したわね」
「とりわけ顕著なのが、シンクタンクの存在だ」
「くっ……リニオのくせにそういう態度を取るわけ……っ!」
無視されて血管を浮かび上がらせるキズナ。
馬鹿の話にいちいち付き合っていられるか。一日の時間は限られているのだ。
ちなみに人を上手に管理する人間というのは、総じて仕事の処理能力も高い。なにも多大な残業をする人間が出来る人間というわけではない。仕事の出来る人間というのは、時間の使い方の上手い人間のことを言う。それが出来ないから、残業をするほか無くなるのだ。世の人々は良くそれを勘違いする。
講義を脱線して、優れたビジネスマン講座を開いてやりたい欲望に駆られるが、今は我慢する。
「シンクタンクとは、様々な領域の専門家を集めて、政策や企業戦略の策定や提言、魔法技術開発などを行う調査研究組織、及び頭脳集団のことを差す。エレイドがかかえる多くの技術者は、とりわけ大陸中からかき集められた各分野のエリート。その中でも特に優秀なものは、自動的にハイザーゼンに集結する。最高の技術者には、最高の研究施設で、最高の研究を、それがハイザーゼンのハイザーゼンたる証明なのだ」
俺は腕を組んで胸を張る。
「かくいう俺も、ハイザーゼンに招待されてシンクタンクの頭でっかちどもに講義をしたことがある。テーマは『詠唱魔法の理解深化と単詠唱魔法学における論理分解~さらなる瞬間的魔法への再構築への誘い~』だったか。あのときの講義はあまりにも時代の先を行きすぎてな。俺も若かったが、奴等はもっと青二才だったというわけだな。さしものシンクタンクの面々も口をへの字に曲げて、分かったような分からなかったような顔をしていた。自分の才能の恐ろしさを感じた瞬間だった……。ぬふふふ、ははは、はーっはっはっ! ……――って、またか! 寝るなキズナ! 今とても大事なところだぞ! テストに出るんだぞ!」
工業都市ウェストン役をしていた化粧水を蹴り倒して、猛アピール。
「何よ……今良いところだったのに」
「俺も良いところだったのだ! 俺の偉大なる実績をだな……」
こいつめ、あの短時間で一体何度レム睡眠とノンレム睡眠を行ったり来たりしていたのだ。丸一日熟睡していたような眠たい顔をしおってからに。
少し前の、講義しなさいよ、私に何でもいいから教えなさいよ発言はどこへ消えてしまったのだ。
「ふぁ……うん……あぁ……っ!」
腕を上げて伸びをするキズナ。まろびでる声が色っぽく、危うく怒りの炎を鎮火せられそうになる。
何とも悩ましげな声を出してくれるではないか。
一方で、身体を反っても胸のラインが強調されないのが残念だ。




