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第六十三話・「悪くはないわね」

「ま、なおかつそれだけ食べたい料理だったてことか」

「そ、そう! そうなのよ。それだけ腹がたったってことよ」


 鼻白むキズナに、男が腕を組んで納得したように頷いた。

 伸びた前髪が目元で揺れる。一見すれば優男然。体つきも痩身とはいえ、しなやかな筋肉を服装の下に隠しているはずだ。速度と力を両立された理想的な体格と言えよう。胸ポケットからちらりと顔を出しながら、目の前の男を観察する。右腕一本で、さらりと青年男性を持ち上げるほどだ。油断は禁物である。


「そうそう、さっきのパンチは見事だった。女ながらになかなか良いもの持ってるな」

「アンタのおかげで、腹ごなしにもならなかったけどね」


 軽く拍手する男に対し、キズナは不満たらたらの態で、左右二つに結った栗色の髪を手で跳ね上げた。高飛車のお嬢様がするような行為に似ている。


「ま、何はともあれ、余計なお世話ってやつだったみたいだな」

「そうよ、あんな三下、私一人で十分。ゴミよゴミ」


 かわいそうな親子だ。キズナにゴミと言われたら、立つ瀬無いからな。同情するかちのない親子ではあるが、キズナの言動に対しては同情を禁じ得ない。


「さて、どうやらそのゴミ処理も終わりそうだし、俺は自分の席へ戻るとするか。席を立つには……ちょっと早すぎたみたいだしな」


 ずるずると引きずられていく親子を尻目に、小さなため息を落とす。言いながら、キズナがやってきた奥の扉を見やる男。

 その刹那に宿った瞳の色が冷たく感じられたのは、俺の気のせいだろうか。再度確認しようにも、記憶にも残らないようなわずかな時間なので、思い返すことも出来ない。


(キズナ、お前の目から見てこの男はどうだ?)


 男からは見えないように胸ポケットの中に身体を沈める。キズナに届ける声は細心の注意を払いつつ、俺は問いかけた。キズナは喉奥でわずかに唸ると、ため息混じりに一言。


(悪くはないわね)

(悪くはない、か。ま、小物相手では物差しにもならんか)


 俺が男に抱いた第一印象は、ずばり、痩身痩躯の優男。ワイシャツ一枚をだらしなく来た成年と言ったところだった。


(そういうことね、やっぱり実際にやりあってみないと)


 キズナが表情を変えたわけではないが、舌なめずりをしたように感じられた。サバンナの真ん中で見つけた草食動物。それを狙う肉食獣じみた気配を発散している。

 つくづく危ない女だ。


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