第六十話・「私のよ」
「なんでしょう、お嬢さん。ぶしつけですね」
キズナに声をかけられた一人、禿頭男は、自分よりも背が小さいキズナを見下して低い声を出した。言葉づかいこそ丁寧だが、込められているのは脅迫だった。身分に相反して低俗な輩である。馬鹿なキズナがそんな低俗な脅しに屈するはずもなく、小さい胸を堂々と張って毅然と向かい合う。
「私のよ。勝手に手をださないで」
「キ、キズナ様……」
キズナの明瞭で強い言葉に、メイドの瞳が潤いの色を帯びる。頬を桃色に染め、空いた手で撃たれたように胸を押さえる。
どうやら確かに撃たれてしまったようだな。なぜか、女であるキズナに。キズナは馬鹿だが、そこら辺の男よりもよっぽど男らしいからな。分からぬでもない。
「どういうことですか?」
禿頭男は不満げだ。
「だから、私のだって言ってんのよ。良い子だから早くその汚い手を離しなさい。手からばい菌が移っちゃったら大変じゃない」
見上げる男から視線を外し、ウエイトレスの方に視線をずらす。わずかに焦点がウエイトレスに向いてないのは気のせいだろうか。
「五秒待っててあげるから、潔く手をはなしてこっちによこしなさい。それは私の料理よ」
流石の食い意地だな。ウエイトレスを差し置いて、料理の心配か。
ウエイトレスが絶望にうちひしがれたような表情に変わっていく。残念ながら、キズナは白馬の王子様ではない。言うなれば、通りすがりの強欲な盗賊的ポジションが近いな。
「第一、つまみ食いは行儀が悪いってママに言われなかった?」
女と料理、二つの意味でな。
興味を持って下さった方、読んでくださった方、ありがとうございます。
今回で六十話と言うことですが、作者は体調が悪く文字数が少なくなってしまいますことまことに申し訳ありません。ですが、引き続き毎日更新を頑張りたいと思います。評価・感想は作者の栄養になります。