第五十九話・「……ちょっと、そこの二人」
「ごちそうさまっと! さあ、次よ、少しも待ってられないわよ、私の胃袋はっ! 次よ! 超次っ!」
お聞きの通り、キズナの食べっぷりと言ったら、それはそれは豪快で、女であることをとっくに捨て去っている。
キズナの言を借りれば、超次に食卓に上ったサーロインステーキ。それを拳が一つはいらんばかりに口を開いたかと思えば、フォークを突き刺して一口で口の中へ放り込む。
真っ白で強靱な歯、虫歯一つ無い圧倒的なナチュラルパワーで、口に含んだ食物をあっと言う間に咀嚼する。
鯨飲馬食とは言うが、きっとこの光景に対しての言葉だろうな。我が弟子ながら遠慮と慎みと作法を放棄した姿に俺は頭痛を隠せない。
キズナのヒップバックから取り出したひまわりの種を優しく愛でながら、俺はそれらを頬袋に詰め込んでいく。
実は、この瞬間がたまらなかったりする。
口の中を大好きなもので埋め尽くすのだ。愛で埋め尽くすと言い換えてもいいだろう。つまりそれは一種のハーレム的な快楽でもあり、疲れた身体でバスタブに肩まで使ったときの極楽感にも似ている。
「満腹じゃなかったの?」
「デザートは別腹だ」
「リニオ……もぐもぐ……まっはく、はむふはーっへ、わはらはいわね」
「飲み込んでから話せ、行儀が悪い」
「あにほ……はんはも……ごっくん……食べながら話してるじゃない」
「俺は食べてなどいない。その証拠にほら、頬袋に」
俺は口を開けて見せてやった。
「ほらな、食べてないだろう、頬袋に溜めているだけだ」
「うげ……アンタ、自分で言っていることと、やってることが矛盾してるてことに気がつきなさいよ」
「これがハムスターなのだ。生き物の存在を頭から否定するな」
「いや、口を開けて見せるハムスターはアンタだけだから」
食べ物が無くなり、テーブルに頬杖をして、フォークで俺を指し示すキズナ。
「さて、次の料理は……あら?」
珍しく次の料理が遅れていた。
見れば、キズナの料理を持って来ようとしたウエイトレスが立ち往生している。身なりの派手な男二人に前後を挟まれ、言い寄られているようだった。
一人は禿頭で、足りなくなった髪で頭頂を隠そうとしているのが明らかな中年風の男。もう一人は、指や胸元、カフスに至るまできらびやかな装飾品を施したお坊ちゃん然とした男である。
二人とも貴族とは思えないニヤニヤした笑みを浮かべている。残念だが、ここのウエイトレスはちまたの娼館ではない。金で買える女は一人たりともいやしないのだ。彼女たちは金のために仕事をしているわけではないのだから。
それにしても、それなりの身分と財力を持つ物しか利用できないこの車両。個人的なモラルについて言ってしまえば、一般車両と変わらないところもある……人の上に立つ人間として残念極まりない。
周囲の客を見れば、声を低くしてささやき合うばかりで、仲裁に入ろうとはしない。誰もが身分が身分なだけに、体裁を気にして簡単に間に割っては入れないと言ったところか。難儀だな。
「……ちょっと、そこの二人」
その代わりに、キズナが男二人に声をかけていた。
俺は頬袋いっぱいにため込んだひまわりの種を素早く飲込んむ。いざというとき頬をふくらませたままでは格好悪いからな。