第五十六話・「まさに有言実行ね」
エリスとうるわを部屋に見送られて、キズナ待望の探検タイムに突入する。
楽しそうなキズナを見れば、足取りの軽さなどは足元を見るまでもない。あちこち覗いたり、触ったり、興味津々である。
「へー、ここも立派なものね」
お上りさんよろしく物珍しそうに首を回らす。
エリスのような金持ちが利用する客室。そこを二三両抜けた先には、瀟洒な内装が広がっていた。窓枠には真っ赤なカーテンが綺麗にたたまれていて、まるで貴族の馬車の内装を思わせる。
「お前との旅は自他含めて賠償による出費が多すぎて、魔法列車など利用できる余裕などなかったからな……。おお、そうだ。良い機会だから、後で魔法列車について講義してやろう」
「へー、ここも立派なものね」
おい、俺の会話を無かったことにしようとするな。
「エリスの部屋もそうだったけど、なんか庶民にすれば場違いな感じ。これ壊したら一体いくらかかるのかしら」
頭上から足下を照らす小型のシャンデリアをあごでしゃくるキズナ。きらびやかで精緻な作りをしている。
見るからに高価そうだ。
「そういうことを言っていると、もれなくその通りになりそうだから恐ろしいぞ」
「まさに有言実行ね」
「ほう、ここも立派なものだな」
「なんで私の会話をなかったことにしようとするのよ」
「おおっ、見ろ見ろキズナ、次の車両はなにやら趣が違うぞ」
「腑に落ちないわね……こう、喉につっかえて飲み込めないとうか、わざとらしくごまかされた気がして――って、確かにいい匂いがするじゃない、行くわよリニオ」
お前が馬鹿で助かったよ。
「ほう、ここは食堂車だな」
「なんか、レストランがそのまま移転してきたって感じね」
食堂車とは、都市部のレストランと同等に手間のかかる本格的な料理の調理、供給が可能な調理設備と、接客に充分なテーブル席を備える本格的な車両を指す。ことエリスのような金持ちが利用するこの食堂車は、三つ星レストランに匹敵する贅沢なものだ。
こんな時でもなければ、キズナのような庶民にはほど遠いものがある。
この食堂車は他の車両に比べて車窓が大きく取られているのが特徴的で、外を流れていくのどかな景色を思う存分眺めることが出来る仕様だ。
花より団子のキズナには関係ないだろうが……。
とは言え、ハイザーゼンなどがある首都エレイドの衛生都市群に至るまでは、のどかな風景が延々と続くばかり。トンネルをくぐれども世界は一変せず、うっそうと生い茂った樹林や、渓谷沿いの山々を、デジャビュでも感じるように眺めるしかない。
美麗な風景とはいえ、単調ではすぐに飽きてしまうのが常。
あとはいかにして持て余した暇のつぶし方を考えるかに苦心しなくてはならない……というのは二流の列車に限ったことである。
かの有名な衛星都市経由、首都エレイド行きの列車には別の楽しみ方もある。
食堂車は胃袋を満たすところ。間違ってはいない。むしろ、キズナのような鯨飲馬食女には正しい。
しかし、食堂車の楽しみはそれだけではない。
景色や、料理も優れているが、実は……。
「キズナ様ですね。どうぞ、こちらの席へ」
亜麻色髪を纏めた美女が、キズナに着席を勧める。
キズナが阿呆面で目をぱちくりさせる。なぜ名前を知っていると言わんばかりだ。
「乗客の皆様方のお名前は存じ上げております」
そうなのだ。
実は、ウエイトレスも優れているのだ。
食堂車のウエイトレスと言えば、なりたい職業ランキングでも常に上位に位置している狭き門。才色兼備であることが最低限求められ、提供されるサービスも一流。給金も飛び抜けていい。
そのため、列車旅の最中で乗客に口説かれるなどざらで、中には旅行中の金持ちに見初められ、そのまま玉の輿に乗ることも少なくない。
それに選ばれるほどの美しいウエイトレスが運んでくる料理に舌鼓を打つ……考えただけで垂涎ものだ。
あえて言おう、よだれとは何も食欲だけに許された反応ではない。
ふむ、やはり魔法列車での移動はとてもいいものだ。旅の醍醐味と言ってもいい。