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第五十五話・「キズナは良い反面教師」

「い、いきなり何を言い出すのよ、うるわ。コイツはただのペットよペット、なんていうか、こういったスキンシップはいわゆる一つの……鞭の雨なのよ」


 どこまでもサディスティックな発言に驚きだ。お前が言いたいのは、飴と鞭だろう。墓穴を掘るな。せめて墓穴を掘るなら、墓穴に落ちて、墓穴の中でのたうち回っているといい。墓穴を掘れば、穴があったら入れもするし、一石二鳥ではないか。


「エリス、聞きましたか? 鞭の雨らしいです。愛の鞭ならばともかく、自らの師匠になんたる仕打ちでしょうね。弟子が聞いてあきれます」

『?』


 エリスの疑問符は誰にも受け取られなかった。


「ふん、アンタにまで同じこと言われたくないわよ」

「いいですか、エリス、これは反面教師です。エラルレンデ家の嫡子はすなわち人の上に立つ御身。飴と鞭の使い方は必ず通る道程です。キズナのように間違えた解釈をしないように、今の内から心掛けて置いてください」

『キズナは良い反面教師』

「この私が教師? ふふん、なかなか新鮮でいい響きじゃない、もっと言っていいわよ」


 エリスから渡った紙に目を通すと、これ見よがしにどんと胸を叩くキズナ。誇らしげな鼻息が紙を揺らす。

 お前、まさかとは思うが意味を理解していないのか……?


「反面教師です。キズナは比類ない反面教師様です」

『反面教師なの』『最高の反面教師なの』

「いいわ! いいわよっ! もっと私を崇めなさい、称えなさい、奉りなさい! 苦しゅうないわよ! わっはははっ!」


 ……態度も胸も空しいな、お前は。うるわなど様までつけだしたぞ。マイナスにさらにマイナスを付加させている。マイナスのベクトルに飛び抜けても仕方がないだろう、馬鹿弟子。

 俺はあきれかえって、木に登った豚を引きずり下ろすことが出来ない。ハムスターゆえに発達した聴覚を塞ぎながら、誘発された頭痛に目をつぶった。高笑いが廊下の外にまで響いている。

 通りすがりの乗客はさぞかし馬鹿な令嬢が乗り込んでいると思っただろう。師匠であることに後悔するのはこれで何度目であろうか。


「先程の……否定しませんでしたか」


 俺の耳にかすかに届いた声。うるわのつぶやきはキズナの高笑に押しつぶされ、その隣ではエリスが楽しそうに微笑みを添える。

 なんとなくだが救われる気分だ。程度の低い馬鹿騒ぎでエリスの気分が少しでも解れるのであれば、キズナはまさに最良のピエロになれるな。もうこの際だ、倭国で語り継がれているちんどん屋にでもなったらどうだ。


「私は教師よ! 最高の教師なのよっ!」


 ……。


『ねぇ、うるわ』

「なんでしょう、エリス」

『反面教師の意味』『キズナさんに教えてあげないの?』

「敵に塩を送るのですか? ありえません」


 笑い続けるキズナを困った顔を向けるエリス。


『そんなこと言っちゃ』


 つらつらと走り書きをした後、うるわに渡す次紙。全面には一言大きく。


『めっ』


 と、お叱りの言葉が可愛らしい文字で書かれていた。

 優しいな、エリス。


「あっははははは! なんて言い響きなのかしら反面教師っ! ふふふっ、教師最高ね!」


 愚かだな、キズナ。


『うるわはいじわる』

「そういうエリスも楽しそうな顔をしています」

『うん、楽しい』


 屈託のない笑顔で、紙を手渡す。書かれている言葉はなんてことはない一言なのに、紙面の上には花畑が広がっているような、華やかな気分にさせられた。

 使い古された、楽しい、という言葉も、使い方が変わればいかようにでもなる。魔法の詠唱ですら使い古され、日々吐き捨てられていくのに、この手渡しの言葉のやりとりは新鮮味に溢れている。一言一言を大事にしたいとさえ思える。


『ずっと、続けばいいのに』


 うるわの唇が噛みしめられる。


「アンタ達! 耳をかっぽじってよく聞きなさい!」


 喧噪の中から逃げ出したかすかな寂寥を、天然馬鹿キズナが猛然と踏みつぶしていく。


「私の名前は今日からグレート・ワイルド・ティーチャー・キズナよ! 最高最強の教師、ここに推参っ!」


 ……な、バカなっ! コイツは俺の二つ名を盗む気かっ!? 俺のセンスの良――


「馬鹿っぽい名前ですね」

『ダサイ名前なの』


 心が壊れる音がした。


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