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第五十二話・「一週間はお腹がいっぱいです」

「エリス、先程の仰向けの意味はことのほか大きいです。見事ついでに説明して差し上げましょう。いいですか、エリス。先程、この実験動物がエリスに対して仰向けになってみせましたね?」


 こくり、とエリスが相づちを打つ。


「犬が一番身近ではありますが、犬に限らず、お腹はその動物にとって、攻撃されたら困る弱い部位です。自然界では、ボスに腹部を見せる事で、私はあなたに敵意はない、あなたに服従しています……という意思表示を意味しています。まぁ、ボスというのは言うまでもなくエリスであるわけですが」


 何が、エリスであるわけですが、だ。さも当たり前のように言ってくれるな。


「つまりです。ペットになっても犬の本能は残っていますから、お腹を出す、イコール、主従関係が築けているという事です。蛇足になりますが、古来より犬は群れて生活していました。常にボス、ここでいうところの飼い主がいるという、守られている環境に安心を覚えます。主従関係を築く事で、犬の生活は精神的により良い物になると言われております。エリス、あなたの存在そのものが皆に安心感を与えていると言うことです」


 おい、うるわ。その解釈は途中からあまりにも強引すぎる展開を迎えているぞ。まるでどこぞの教祖が教徒を集めるために必死に考えたホラ話じみて聞こえる。

 うるわにしては少々ほつれの目立つ話に、俺は鼻を鳴らした。


「はん、馬鹿みたいな話ね」


 キズナ……お前はむしろ、馬鹿以外の言葉を使って表現してみろ、単細胞め。


『ありがとう、うるわ』『お世辞でも嬉しい』


 窓枠に切り取られた光が、金色のケースをより美しく輝かせていた。エリスの顔貌に浮かんだ笑顔は軽くそれを上回り、エリス以外の美しさや輝きのランクをもれなく一つ下げるのだった。うるわがそれを見て陶然としたため息をつく。


「夢のようです、エリス……私はただ当然のことを当然のように、例えるならばキズナを馬鹿と言っただけなのに、三百九十七枚目のお褒めの言葉をいただけるなんて……」


 エリスから渡った紙を、愛おしそうに胸に押し当てる。


「これだけで私は、一週間はお腹がいっぱいです」

『普通に食べていいからね』

「あらら、紙でお腹いっぱいだなんて、まるで山羊ね山羊。メーメー、お腹いっぱいだメ~」


 おどけた口調が自分でもおかしかったのか腹を抱えるキズナ。


「口を慎みなさい、語彙力貧困娘」

「言ったわね、毒舌メイド」


 火花を散らす二人。


(俺に言わせれば五十歩百歩だがな)


 俺は深いため息をつく。エリスを見上げれば困ったような楽しいような、二つをブレンドしたような微笑みを称えている。


(……疲れた。なぜ俺はこんな疲れた目に遭わなければいかんのだ)


 思わず独りごちてしまう。苦笑いのエリスの顔にも飽きて周囲を観察する。

 身内の喧噪に紛れてしまったが、ここは魔法列車の中である。

 エリスの部屋は、金に物を言わせたうるわの手配で、列車の先頭から数えて二つ目の車両、その広い個室に落ち着いた。列車一両とまではいかないが、半分は占有している豪勢な作り。家具や、調度品、化粧室もあるし、頼めばワインも運ばれてくる。ベッドもなかなかの感触だ。エリスの膝の上には劣るが。


「そろそろ出発のようです」


 列車が高らかに出発のベルを鳴らして町を出ていく。外では別れを惜しむ人々が窓に向かって手を振っていた。

 壁に掛けてある時刻を見れば、どうやら発車にはわずかな遅れがあるらしかった。車内のアナウンスを聞くところによると、列車に積み込む荷物に多少の手間を取られていたようである。時間に厳しいことで有名なハイザーゼン行きの列車が時刻表通りに出発できんとは、幸先が悪いな。

 ……とはいえ、列車さえ出てしまえばこっちのもの。【ハンド・オブ・ブラッド】とやらが、いかに手練れの魔法使いの集団であろうと、高速で走る列車に追いつけるはずもない。

 ま、丸一日、自分の加速力を上昇させる単詠唱魔法を唱え続けられる魔力量を有しているのならば、少しは懸案事項として考えてやってもいいが。

 意図せず、果報を寝て待つばかりとなったわけだ。


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