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第五十一話・「なごなご」

 夢を見ていたようだった。それもかなり昔の夢。

 目が覚めると俺はエリスの膝の上にいた。俺の背中を毛並みに沿って丁寧に往復する手のひらは、大きな慈愛に溢れている。十分睡眠は取ったはずなのに、再び眠りの中に誘ってしまうほどに心地よく、俺はあくびを噛み殺すことさえ困難であった。

 俺が開けた目でエリスを見上げれば、目があったエリスは、おはよう、とばかりににっこりと微笑む。夢の中の幸せそうな少女とは違い、苦労を耐え忍んできた疲労が感じられる微笑みであった。

 住んでいた屋敷を失い、愛情を注いでくれた父親を失い、この上さらに命までも、記憶までも失うかどうかの縁に立たされている。かげりの見える笑顔を見ても、昨晩の発作を恐れているのは明らかである。

 それでも俺に気を遣ってか、微笑みのベールで恐怖を覆い隠そうとしている。俺がエリスから感じられる憔悴は、ベールで隠しきれない強大な恐怖のなれの果てだろう。

 ……胸が痛む。ちくりちくりと俺をさいなむ。

 偉大なる師匠である俺がこんなことではいかん……な。

 ブルブルとしっぽと顔を振って目を強制的に覚まさせる。そんな俺を見てエリスが楽しそうにまた笑った。

 滑稽にでも見えてしまったか。俺としたことが格好悪いところを見せてしまったようだ……不覚。

 目をつぶって深いため息をこぼす。肩をすくめる大人な仕草付きだ。


(ハムスターとはいえ絵になる俺だな――うおほっ!)


 特大のくすぐったさが俺のお尻のあたりを襲った。他人に聞かれたくない情けない悲鳴を上げながらひっくり返ってしまう俺。

 き、聞こえたりしていないよな……。

 仰向けに寝そべった状態で、恐る恐る辺りを見回そうとする。

 仰向けに寝そべった俺の目前には、くすくすという笑い声が聞こえてきそうなエリスの笑顔があった。

 犯人はコイツか……!

 しっぽの付け根の辺りは、俺にとってウィークポイントだ。どうにも敏感で、身体をよじってしまうほどのこそばゆさが全身を襲う。俺の他人に知られたくないぐすぐり十カ所の内の一つにカウントされる。

 うぬぬ……まさか、このような形でエリスに知られてしまうことになるとは……不覚、不覚っ!


「へぇ~、随分と楽しそうねリニオ。…………私の時なんかよりもよっぽど」


 走る悪寒。

 俺はもしかしたら、弱点を知られてはいけない人間に知られてしまったのだろうか。……いや、ちがうぞちがうぞ。いいか、キズナ含むその他有象無象よ。耳の穴をかっぽじってよく聞くのだ。これは俺が遊んでやっているだけなのだ。弱点ではないのにあえて弱点に見せることによって、相手の油断を誘うという、いわゆるひとつの俺の主演男優的なオーバーリアクションが魅せる卓越した演技力のなせる技なのだ。


「そんなに嬉しそうにしないでいいじゃない。よく分かった。覚えておくわ」


 魔法の知識はちっとも頭には詰め込めないくせに、こういう無駄な知識は進んで入っていく特殊脳の持主であるキズナだ。一生忘れないであろう……不覚、不覚っ、不覚うううっ!

 泣き寝入りをするようにエリスの膝に顔を埋めて、ばしばしと膝を叩く。エリスの膝に八つ当たりをする。

 誰も俺の味方などいないのだ。俺は天涯孤独だ。ひとりぼっちなのだ。弟子なんて馬鹿だし、問題ばかり起すしあってなきがごとし。


『よしよし』『いい子、いい子』


 うん、俺、いい子、いい子。

 ……はっ、失意のせいで幼児退行してしまった。


「馬鹿リニオ! いつまでエリスに媚びるつもりよ! アンタは……アンタは私の……っ!」


 座っていたイスを倒して立ち上がるキズナ。

 いきなり、怒鳴るな半人前が。この耳はお前達人間の耳よりデリケートなのだぞ。

 キズナの噛みしめた言葉の先を軽く無視する。


「素晴らしい……キズナのペットを我が物としている。しかもネズミという一風変わったペットを仰向けにさせるとは、さすがはエリスです。見事としか言いようがありません」


 何を血迷ったことを言い始めるのか、このメイドは。この程度で俺が従順になるとでも思ったか。思い上がりにも程があるぞ。


『ひまわりの種食べる?』『欲しいなら三回まわるの』


 ぐるぐるぐる。

 回ったぞ。早くくれ。

 ……って馬鹿! 俺の馬鹿っ! こうも欲望を抑えられんとはっ!


「いい加減にいつまでもなごなごしてんじゃないわよっ! 馬鹿!」


 馬鹿のお前に馬鹿と言われると無性に腹が立つ。

 俺に馬鹿と言っていいのは俺だけだ。

 それに、なごなご……? なんだそれは。馬鹿が生み出した新しい言葉か? 


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