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第五話・「愛するのに忙しいのだ」

 アルフとの戦闘から間もなく、場所は移ってアパートの屋上。


「ねぇ、リニオ」


 キズナが胸ポケットにいる俺をツンツンとつついてくる。


「何だ、キズナ、俺は今忙しいのだ。おっと……すまない、エレン。今のは決して浮気などではないのだ。この胸のない馬鹿な弟子は、利かせる気すら持ち合わせていないだけなのだ。だからそんなにツンツンしないでくれ」

「エレンって誰よ?」

「エレンはエレンだ馬鹿者」


 青筋を立てる弟子は無視。そんなことよりも、腕の中ですねるエレン――※注・ひまわりの種――の方が幾倍も大事だ。エレンが俺に至福の時を与えてくれる。彼女たちには何一つ同じものがない。色、艶、形……そのどれもが個性があり、長短があり、味わう度に新たな発見に気がつかされる。まさに今、俺が愛して止まないエレン――※注・種――などは一見外郭がつんつんしていたと思えば、その実、内側から溢れる豊潤な香りと肌触りに身も心もとろけそうになる。外側から一気に責めてもらちがあかないと最初はあきらめかけた。凡人ならあきらめただろう。

 だが。

 だが、そこは海のように広い懐を持つ俺だ、丹念に繊細に……精巧なガラス細工を扱うように、優しく時間をかけて心の鍵を開け、ゆっくりと扉を開く。

 そして辿り着く、解放の時。

 扉の内側から我慢できずに溢れてくる彼女の想い。形容しがたいほどに清澄な声、可憐で透き通ったきめの細かい素肌、誰も触れたことのない不可侵の領域に俺は辿り着き、二人愛し合うことを許される。あの刺々しい飼ったエレンが今、俺の腕の中で赤ちゃんのように安らかな寝息を立てて眠っている。目を覚ませば、頬を赤くして甘えるようにすり寄ってくる。


「ちょっと、リニオってば」

「うるさい。俺は今、愛するのに忙しいのだ」


 我ながら良質なフレーズだな。愛するのに忙しい。さすが俺、リリカル。


「……相変わらずの変態っぷりね。こうなったら……」

「いい加減にしろ、キズナ。俺は今、愛するのに忙しいのだ」

「その台詞よほど気に入ったのね。確かに格言的だし、ちょっと格好良いわね」


 そうだろうそうだろう! キズナもやっと俺の偉大さに気がついてきたようだな。いつもそのように素直ならば、俺も手がかからずに済むものを――……と、油断したのが仇となった。


「隙ありっ!」


 キズナの放ったデコピンが、腕に抱いていた彼女を奈落の底へ弾き飛ばす。


「エェェェェレナアアアアアアアアアアアアッ!」

「エレンじゃなかったの?」

「……。エェェェェレエエエエエエエェェェェンッ!」

「まぁ、ひまわりの種は良いから、ほら、あそこ見なさいよ」


 コイツは……コイツは……っ! もう師弟関係とかそういった有象無象を超越したところで、一度性根をたたき直してやる。スープを飲むのにフォークを差し出すぐらい、ハサミを刃の方を向けて渡してやるくらい鬼畜的行為をしてやらねば気が済まない。

 しっぽの先からひげの先まで怒り心頭の俺。


「……リニオ、怒ってるの?」

「これがどんな顔に見えるのだ?」


 思いっきり顔を突き出してやる。


「ハンサムに見えるわ」

「お、そ、そうか? 言われ慣れている言葉だが、お前にそんなことを言われると新鮮で嬉しいな、ふふふ――……って誤魔化すんじゃない! 危うくキスをした翌日の恋人同士のように初々しく照れ笑いそうになったではないかっ!」

「まったく、あとでひまわりの種一個あげるわよ」

「そんなことで俺のエレ……への愛が――」

「リニオ、間違いそうになって誤魔化したわね。そうね……じゃあ二個でどう?」

「愛は数で誤魔化されたりはしないのだ!」

「三個」

「どれどれ、どこを見ろというのだ」

「……残酷なほどに正直な愛ね。ま、いいけど。ほら、あそこよあそこ」


 アパートの屋上から見下ろす路地裏の袋小路では、先程キズナが倒した男の仲間、キースが細身の身体で宙返りをしているところだった。それを追撃するのはメイド服を着た少女だ。スカートがふわりと舞うや、頭部の純白のカチューシャが白い残像を残す。全身を大きく使った上段蹴りがキースのあごすれすれをかすめる。


「おわ! 危なく当たるところだぜ」

「こちらとしては当たってくれて結構なのですが」


 軽口のキースに対して、女の声は平板だ。右足の上段蹴りにつなげる、左足の後ろ回し蹴り。流れるような動きに、キズナが楽しそうに口笛を浮く。完全に観戦モードだな、キズナ。


「ねぇ、リニオどっちが勝つと思う?」


 回し蹴りを腕で受け止めたキースは、片足立ちになったメイドの足を右足で引っかける。メイドがバランスを崩して、尻餅をつきそうになるところをかかとで狙う算段らしい。メイドは予感めいた物があったのか、受け身の姿勢から一転、逆立ちの要領で手をつき空中に身を投げる。派手に舞い上がるスカート。


「……見事だ」

「そう? 普通でしょ?」

「普通なものか! 今や白の貴重さは……あ、いや、何でもない」


 おい、その人を見下すような目は何だ、キズナ。


「普通じゃないのはアンタのようね、リニオ」


 胸ポケットに落ちてくる冷ややかな視線から目をそらす。そらした先には、撃墜され、地面を転がるメイド。空中で互いに蹴りを交えた直後、キースがぼそりと単詠唱魔法を唱えていた。風の衝撃波がメイドの身体を吹き飛ばしたのだ。悠々と着地するキース。ウォレットチェーンが路地裏に鈍く輝く。


「あんまり俺をなめない方がいいぜ。こう見えて俺も【ハンド・オブ・ブラッド】の一員なんだ。そうそうジャケットを汚すわけにはいかないんでね」


 革のジャケットの襟を正し、胸を張ってみせる。対するメイドは汚れた服を拭うこともせずに淡々と立ち上がる。


「そうですか。ならば、馬子にも衣装ですね。見るからにあなたには不相応です」

「言ったな、この野郎……!」


 頬を強ばらせる。


「私が野郎かどうかは、語彙力不足として不問に付しておきましょう。それとジャケットの件ですが、あなたに似合う服装をこの私が見繕うとしたら……清掃員でしょうか。どうです? 一度私どもに雇われては? 身を粉にして働けば改心する機会も与えられるというものです」


 毒舌、饒舌なメイドもいたものだ。戦闘での痛みも感じさせずに吐く毒は、まさに誰かさんと通じる物がある。俺としてはどことなく避けて通りたいタイプだ。


「生憎と、もう俺はあの人に命を捧げると決めてんだよ! スピードッ!」


 最後の一言が単詠唱魔法の引き金だった。


興味を持って下さった方、読んでくださった方、ありがとうございます。先日、「この小説は『魔法とキズナと身体の関係』を読みやすくしただけですか?」というようなコメントをいただきました。確かに似通った設定と、文章ではありますが、展開はまったく違うものとなっております。新しい登場人物とのやりとりや、作者が好きなバトルの追加等、ほとんど新作と言っていいような形に再構築し直しました。この小説が初めてという方はもちろん、『魔法とキズナと身体の関係』を一度でも読んだことのある方でも楽しめるようにと努力しました。ただ、その努力も作者の筆力が不足していたらどうにもならないのですが……。それはともかくとして、これから毎日頑張っていきたいと思います。長文、失礼しました。

評価、感想はもれなく作者の栄養になります。

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