第四十八話・「こう見えて私は親馬鹿でしてな」
「そうそう先日のハイザーゼンでの魔法講義、聞かせていただきましたぞ。魔法に対する見識はまさに刮目の一言。最先端である単詠唱魔法をさらに簡易理論化し、なおかつそれを瞬間的なまでに短縮化する方法論は、今後の魔法学の発展に欠かせなくなるでしょうぞ」
「それはありがとうございます、わざわざご足労いただいていたとは知りませんでした」
「それなのですが……実は私はハイザーゼンには行っておらぬのですよ。近頃は便利なものがありましてな。……うるわ、あれはあるか?」
どこから出したのか、長方形の小箱がうるわと呼ばれたメイドの手のひらに出現していた。手品かと見紛うばかりの早業だ。
このメイド、さすがエラルレンデ家に使えるだけあってただ者ではない。
「カーティス殿はこれが何かご存じか?」
首を振るとエラルレンデは嬉しそうに膝を叩く。
「これは音声録音型の魔法具でしてな」
うるわから受け取ると、得意げになって説明を始める。
「この魔法具に一定の魔力を通せば、通した量によって自動的に音声を記録する。魔力の量によって録音できる時間は比例する。そして、録音したものは同じだけの魔力を通すことによって再生が可能という代物なのですよ。ちなみにここが音を集める部分、そしてここが記録する部分。これを我が屋敷に仕える魔法使いをつかって、カーティス殿の講義に持って行かせましてな、録音させてもらったというわけです」
「それはまた……便利ですね」
「そうでしょうそうでしょう」
満足そうに頷くエラルレンデ。
隣では、空になったデキャンタを下げ、新たなワインを抜栓する。ワインをボトルから直接グラスに注ぐのではなく、いったんデキャンタというガラス製の器に移すことで、古いワインには特有の澱を取り除く。
新たなデキャンタと新たなグラスが用意され、新たな銘柄のワインが注がれれば、また新たな葡萄の香りが部屋に広がっていく。
「……私はこれを娘のために使いたかった。娘の声を録音したかったのです。……が、それは今もかなわないままです」
口を挟まずに、エラルレンデの言葉に耳を傾ける。
「こう見えて私は親馬鹿でしてな。娘の成長を見守りながら、いつしか成長を記録に残してはおけないかと色々考えるようになったのですよ」
目の前に置かれたワイングラスには、豪放磊落なエド・エラルレンデには似合わない寂しげな表情が映っていた。無精ひげを手のひらで撫でるさまは、我が子の素行不良に困り果てた一介の親のようで、領主としての威厳はどこかへ消えてしまっていた。
「本日はそのことで少しお願いがありましてな……」
「お願い……ですか」
「どうか!」
エド・エラルレンデはそう言うと深く頭を下げてきた。
「どうか我が娘の先生になって欲しいのです」