第四十二話・「たゆたんゆんな感じ」
『時々、リニオの視線を奪ってしまえるうるわが悔しい。うるわはメイドなのに活発だから、跳んだり跳ねたりすると、重力に引かれてむにゃむにゃな感じになってしまうのがうらやましい』
さすがに日記にそこまで精緻な表現を書くのもためらわれたのだろう。
照れ隠しのように乱雑に筆圧を強めて誤魔化すエリス。
『私だって、いつかきっと、ぼんってなって、たゆたんゆんな感じに』
最後には二重線を引いて訂正してしまう。強烈な視線を感じて上を見れば、エリスが俺をにらめつけていた。
月夜にふくれっ面とは、これまた変わった取り合わせだな。
小さな頬をかろうじて分るぐらいにふくらませる。湯上がりにしては時間がたちすぎているのに、エリスの頬はかすかに朱を帯びていた。
『私も……きっと……大きくなるの』
黒のベビードールの上から、小さな手で胸のふくらみを包み込む。
『こうすれば大きくなるって』『言っていたの』
小考すると、何を思ったかそのままゆっくりと指を動かし始める。
何で得た知識かは知らないし、知りたくもないが、それはやるだけ無駄というものだぞ。
外的な刺激よりも、体質改善の方が何倍も効力があることを教えてやりたい。
『先生が言っていたのを』『忠実に実行するのが』『模範生徒なの』
なんていやらしい先生だ。
生徒にそんな邪なことを教える先生がこの世にいるとは信じがたいぞ。先生とは聖職者であり、迷える子羊たちの人生の見本にならねばいけない義務と責任がある。
一挙手一投足には常に気を配り、粉骨砕身して生徒達の未来を――
『リニオ先生が教えてくれたの』
ですよねー、俺ですよねー……ま、先見の明ある俺だからそういうオチであることは分かっていたとも。
懸命にベビードールの上で手を動かすエリス。
凹凸のないほっそりした身体の上、ベビードールに寄るしわの形が、感触を視覚的に表現している。まっさらなベビードールに刻まれていくしわは、純白を汚していく暗喩のようで、なぜか禁忌を駆り立てた。
月明かりの下で形作られる影の濃淡。
さながら名画から立ち上がってくるリアリティ溢れた触感そのもの。リアルの中でリアリティを語るのは矛盾しているが、美に恵まれたエリスにとっては満更でもない例えのように思えた。
ううむ……ひいき目ではないが、エリス、お前はキズナとは違って将来性がありそうだ。
出来ることならば、しばらくの間成長を見守ってやりたいくらいだ。