第四十一話・「大好きなリニオ先生」
『今日は、たくさんのことがありました。思いがけない出会いがあったのです。うるわと二人、家を出てからはずっと二人で旅をしてきたのに、こんな出会いはとても不思議で仕方がありません。自由奔放で勝ち気なキズナさんと、キズナさんのペットのリニオ。二人とも仲が良くて、まるで言葉なんていらなくとも心が通じ合わさっているように、息が合っています。キズナさんの振る舞いに時々見せるリニオの困ったような表情や、仕草なんかは本当に人間らしくてこちらが感心させられてしまうほどです。ふと思ってしまうのは、この出会いはきっと神様がくれた出会いなのだと思ってしまうことです』
声にしたら、まくし立てているに違いない羅列を書き綴り、エリスは胸元の俺を見下ろした。ペンの持ってない方の手で俺の頭を優しく撫でると、日記にペンを走らせる。繊細で丸っこい字が日記の空白を埋めていく。
『私の初恋の人……私の大好きなリニオ先生と同じ名前のペットだなんて、なんだか運命さえ感じてしまいます。キズナさんのそばにペットのリニオがいるように、私のそばにも大好きなリニオ先生がいてくれたらいいのに。そんな自分勝手で、わがままな祈るだけ無駄な願いさえこうして星空に願ってしまうのだから、私はどうしようもないくらい実感してしまいます。リニオ先生が好きで、大好きで、胸が張り裂けそうなほど恋しているんだって』
凛と張り詰めた夜の空気は、エリスの走らせるペンの音をはっきりと耳に伝えてくる。今日一日で身の回りで起こったことの総括。流れるように綴られる文章量が、一日の濃密さを如実に現わしていた。
『先生の手……あの大きな手で頭を撫でてくれたときの幸福感は、今でもうずくように私の心の奥にあり続けています。大海に溺れている私をしっかりと救い出してくれる手のように心強くあり続けています。私に教えてくれるときの落ち着いた低い声は、焦る私の心を癒し、特大の安心感をくれました。絶望の森に迷う私。その周囲に広がる濃霧を晴らしてくれるような、そんな安心感のある声』
俺にとって、エリスはたくさんいる生徒の内の一人に過ぎない。様々な都市や町に俺の教え子はいる。一所に長い間留まって、ずっと一人の生徒にかかりっきりということは絶対にない。
俺がこの身体になってからは例外なのだが、俺は誰かの専属になることはない。エリスにとって先生は俺しかいないのだろうが、俺の生徒はたくさんいる。みんなのリニオ先生なのだ。
悪いが、エリスが絶え間なく愛を注いでも、俺がその期待に応えることはない。
――だが、お前がそのように俺を想っていてくれることは嬉しく思う。
お前は、星の数ほどいる俺の生徒……女の中でも、エリス、お前はトップファイブに入る……ということは言っておこう。
本来、胸の貧しい女が子のランキングに入ることはないのだぞ。
光栄に思うのだな。
『その落ち着いた声が、時々裏返るような声に変わるのは、先生に意地悪したとき、先生が慌てたとき。なんだか私しか知らない先生を見ることができたようで、とても楽しくなってしまって、もっとその声を聞きたい気持ちになってしまって、大人な先生をいじめたくさえなってしまうのです。リニオ先生は何度も褒めてくれたけれど、悪いことを企む私は実のところ生徒失格なんですよ』
む。
エリスよ、優等生のお前が時々、悪戯っ子な生徒になるのはそれが理由というわけか。減点対象だぞ、内申点にも響くことを肝に銘じるんだな。
というわけで、リニオの女ランキングトップテンにランクダウンだ。
反省するのだな。
『でも、胸が大きい人を見るとすぐにそっちに目がいってしまうところは嫌いです』
反省します。
『ペットのリニオも、リニオ先生もそういう変態なところが似ていなくてもいいのに』
まさしく両方俺です。
似るとかに似ないとか、そういう次元を超越したところで、俺そのものです。