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第四話・「偉大なる師匠」

 もはやアルフは化け物でも見るような体だ。

 キズナはそんなアルフを一撃のもとに吹き飛ばす。

 キレると強くなるというのは普段おとなしいヤツに適用される語句だと思っていたが。

 いやはや、天然というか、不器用というか。

 体中に無意識に魔力をみなぎらせて、常人にはとらえられない速度にまで加速している。青白く輝く文字列と化した魔力が、縦横無尽にキズナの周囲を駆けめぐり、キズナの動きに遅れて追随する。普段からこんな風に魔力をコントロールできると痛い目を見ないですむのに、とは口が裂けても言えない。

 間違っても、へたれとは言わないで欲しい。

 キズナの掌底をうけたアルフは、高架線下を飛び出し、正面のレンガの壁を突き抜けていく。さらにはレンガの先にあった壁をもう一枚つきぬけ、冷蔵庫にぶつかってようやく止まる。

 中にいたおばさんが、冷蔵庫から取り出した牛肉を握りしめた態勢で目を丸くしていた。今までそこにあったはずの食物満載の冷蔵庫は横倒しになり、それを背にするようにアルフが何とか姿勢を保とうとする。

 ……ああ、叫ぶな、きっと。

 俺の予想通り、我に返ったおばさんの悲鳴が辺り一帯にとどろいた。

 悲鳴は耳をつんざくばかりだ。腹の底からの叫びを上げたおばさんが、牛肉を放り出して逃げ出す。

 俺の方に弧を描いて飛んでくる牛肉。

 おおっ! 見目麗しき高級肉ではないか。美味しそうだ。

 キズナ、キャッチしてくれ。地面に落ちる前に!

 願いも空しく、キズナは牛肉を無視して、立ち上がろうとするアルフに追い打ちをかける。

 ――ぎゅ、牛肉が!

 思いっきり手を延ばすが、すんでのところで届かない。

 ふわりと舞った牛肉。スローモーション。伸ばす俺の手。

 訪れたのは……悲劇。

 高級牛肉は、俺の悲しみの涙とともに壊れたレンガの中にぽとりと落ちていた。

 俺がこらえきれない涙とともに牛肉の哀悼を祈っているうちに、勝敗は決する。

 アルフの単詠唱魔法よりも早く、キズナは懐に潜り込んでいた。


「こ、これほどの女とは――」


 それがアルフの最後の言葉となった。語尾が苦悶にかき消され、ごみ収集場所に高速で激突する。


「牛肉が、牛肉が……」


 牛肉を失った悲しみ。涙でかすむ視界で見れば、アルフがゴミにまみれて転がっていた。生ゴミや破れたストッキングを頭に乗せて気を失っている。

 時間差で落ちてきたポリバケツのふたが、男の顔を覆い隠す。

 まるで臨終の白いハンカチ。

 どうやらこちらの片は付いたようだな。

 キズナは大きく息を吐く。体の周りを周回していた魔力の文字列が、息とともに空気中に霧散していった。それに伴い、怒りもどこかへ飛んでいったようだ。

 いや、殴り飛ばしてストレス発散といったところか。まったく、単純な奴だ。

 直後、キズナは尻餅をついてぐったりとしてしまう。


「【川蝉かわせみ】を使わずに撃退したことは褒めてやろう」

「ありがと、素直に受け取っておくわ」

「それよりもだ」


 声色の変わった俺。キズナの顔がとたんに渋面になる。


「時代後れの時間を要する詠唱魔法。ノーモーションから放てる単詠唱魔法。両者とも威力は同じ。この二つから選べと言うなら、俺は後者を選ぶぞ」

「分かってる、分かってるわよ。もうそのセリフは聞き飽きたわ」

「分かっていてしないのは、愚の骨頂だ」

「…………できないんだからしょうがないじゃない」


 唇を尖らせて抗議してくる。


「もっとよく練習しないからだ。そもそもキズナはいつも――」

「あーはいはい。そだ、リニオ。例のものよ」


 キズナがヒップバックに手を突っ込む。迷い無く例のものを一つかみし、無造作に放り投げた。


「ふおおおおおおおっ! ひまわりの種! ひまわりの種ええええぇっ!」


 きらきらと輝く宝石のような種。

 俺は狂ったように飛び出し、空中で見事に種をキャッチする。

 素早く着地すると、落ちてくる残りの種を両手と口で次々にキャッチしていく。

 見事、全てを確保し、十点満点の試技。スポットライトを浴びたなら、拍手喝采だろうな。思わずダンディズム溢れるポーズを決めてしまう格好良い俺。


「ふっ……師匠といえど所詮はリニオ。気をそらすのなんて造作もないわね」


 キズナがいやらしい笑みを浮かべていた。

 くっ……師匠を見下すような目は、非常に許し難い。

 しかし、ま、今回はひまわりの種に免じて許してやるとしよう。

 本当に心が広いな、俺は。

 ん? ……ちなみに、俺か? 

 キズナの胸ポケットにいた世界一かわいい愛玩動物。

 ひまわりの種を優しく愛撫するハムスター、兼キズナの偉大なる師匠、それが俺だ。


「ごくり……はぁはぁ……なんていやらしいラインなんだ、お前は……そうやっていつも俺の心を興奮させる……はぁはぁ……ここか? ここがええのんか?」


 食べてしまいたくなる衝動を抑えて、ひまわりの種を愛撫する。

 ストイックな俺。ひまわりの種を愛でるなんて、罪な男だぜ俺は。


「――そして俺は、そんな自分が大好きだっ!」

「大変態、気持ち悪い」


 まるで変態人間でも見つけたかのような物言い。


「気持ち悪いとはなんだ、偉大なる師匠に向かって」

「偉大? 痛いの間違いなんじゃないの? 痛い師匠リニオ・カーティス……くくっ、我れながら傑作ね。二つ名にでもしたらいいんじゃない?」


 何がそんなに楽しいのか、キズナが俺を見てニヤニヤと笑みを浮かべている。

 ……馬鹿め、それで一本取ったつもりか?


「ふん、黙れ。お前は俺の偉大さ、優雅さ、眉目秀麗さをまったくもって分かっていない。笑い顔、怒り顔は言うに及ばず、憂い顔……涙なんか浮かべたら、それはそれは神々しいだろうよ。古来から水と色男の関係というのは――」


「確かに、一理あるわね。リニオは水を得た魚のようにべらべらと良くしゃべるから」


 鼻で笑いながら話の腰を折る。これから俺の素晴らしさを語ろうって時に、お前は無粋な奴だな、キズナ。


「おい、馬鹿弟子。お前は、水もしたたるいい男、という言葉を知らんのか」

「妄想は、この際水だけに、水に流してあげるわよ」

「ふん、上手いことを言ったつもりだろうが――」

「ところで」

「流すなっ! 二つの意味で!」


 全く、キズナと話していると普段の倍以上に疲れるな……。

 何か色々と大事なことを忘れている気がしないでもないが、そのうち思い出すだろう。それよりも、今はひまわりの種を愛でてやることが先決だ。

 言い忘れていたが……俺は雑食である。二つの意味など無い。


興味を持って下さった方、読んでくださった方、ありがとうございます。

とりあえず、プロローグ的なところが終わりました。これから、本格的に本編に入っていきます。

評価、感想はもれなく作者の栄養になります。

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