第三十三話・「一緒がいいんです」
「エリス、今がどんなときであるかお分かりのはずですが」
『ごめんなさい』
紙を渡して謝るエリスの腕には、音声録音型の魔法具が大事そうに抱きしめられていた。
「以後は気をつけてください。どうしてもとおっしゃるのならば、私が同行いたします」
『ごめんなさい』
同じ言葉を渡されたというのに、うるわは二枚とも律儀にたたんでポケットにしまい込む。泥だらけなのにポケットに入れて大丈夫なのかと俺が気にしていると、どうやらエリスも泥だらけのうるわに気がついたらしい。キズナも同じように泥だらけなのを視界に収めると、小さく笑って金のケースを空ける。
ちぎった紙は二枚。内訳は、うるわに一枚、キズナに一枚。
紙に書かれていた内容はどちらも同じだった。
『仲直りですね』
「直る仲なんて、初めから無いわよ。それに、これは……転んだのよ。そうよね、うるわ?」
「ええ、激しく転びました」
『分かりました』『転んだんですね』『お二人で仲良く』
にこにこ顔のエリス。
ばつが悪そうなのは、うるわもキズナも同じだった。
『うらやましいです』『二人で泥遊び』『楽しそう』『子供みたいです』
重ねられる感想文。
まさにエリスの言う通りだ。
キズナの胸ポケットから同意する。
「ムカツクから、これ破り捨てていい?」
「キズナ、いらないのなら私によこしなさい」
エリスから渡された紙を顔の横でひらひらさせるキズナから、紙を奪おうとするうるわ。キズナはいたずらっ子のように笑うと、うるわの手から紙を遠ざける。二度三度と繰り返し、挙げ句視線をぶつけ合い、火花を散らし始める。
二人のやりとりを見ていて思うのは、大好きなおもちゃを親に取り上げられた子供が、背伸びして取り返そうとする光景。イタズラな笑みを浮かべるキズナに対し、うるわの視線は冷ややかで鋭い。
ほほう、拳を交えていい仲になったものだな、二人とも。殴り合ってお互いを認め合うなど青臭いにも程がある。残念ながら、背景は夕日でも、場所は土手でもなかったがな。
「うるわ、エリスが何か言いたそうにしているわよ」
うるわの背後を指差す。
『ありがとうございます、キズナさん』
「エリス、またこのような無骨者に感謝の言葉を……! 私が三百九十六枚を集めるのに一体どれだけの歳月を費やしたことか……! なのにキズナには大量放出……! もったいないにも程というものが」
無表情の中に恨めしい視線を込めて、キズナに渡った紙を見るうるわ。キズナはこれ見よがしにひらひらさせてみせる。
いい加減にしろ、子供め。
『実は』『三人部屋を取りました』『そちらに移動しましょう』
「まさか、このような雑務を、エリスがなされたのですか?」
『うるわにばかり』『任せてはいられなかったから』『それに』
心なしかエリスの筆跡が弾んでいるようだった。
『これからは三人です』『一緒がいいんです』
「さすがはエリス。下々の者に対してのその寛大なお心遣い、私は感動しました」
エリスが窒息しそうになるのも構わずひしと抱きしめる。最中、ちらりと誇らしげにきずなを見るうるわ。変化は極微量だが、どうだと言わんばかりの顔つきだ。
「いや、別に私はしたいと思っていないから」
数年ぶりに再会した親子のような熱烈な愛情表現が続く。背丈の小さなエリスがすっぽりのうるわの身体の中に収まってしまう。顔はその小ささから真っ先に胸の中に埋もれてしまっていた。
うぬぬ、俺もあの豊満な身体に抱きしめられたい。幸せな苦しみが欲しい。ぎゅっと、ぎゅーっとして欲しい。
ボリュームの寂しい胸ポケットの中でたまらずにうずうずしてしまう。
ああ、馬鹿弟子の性徴がもっと、こう、もっとっ!
「どこに行くのリニオ」
胸ポケットから飛び出した瞬間、身体をむんずと鷲づかみにされる。
(桃源郷だ)
「このエロネズミ……!」
や、やめろ! お前の握力では俺の身体が潰れるだろうが! はうっ! 口! 口から本来は中になきゃ駄目なものが出……出ちゃうううっ!
「おや、ペットに嫌われましたか、キズナ?」
「な、何を……! リニオはここが気に入ってるんだから!」
命からがら胸ポケットに出戻りとなる。
俺は寂しい場所にただいまを告げるしかなかった。
興味を持ってくださった方、読んでくださった方、ありがとうございます。
不定期に投稿される後書きの時間です。本日は作者が執筆中に聞いている音楽などを紹介してみます。聴いているのは洋楽ロックに限られます。「アーティスト名」-『曲名』で紹介したいと思います。Youtubeなどで検索をかけて視聴してみるのがいいかもしれません。オススメです。
1……「Dropping Daylight」-『Brace Yourself』
2……「Elliot Minor」-『Parallel Worlds』
3……「Runner Runner」-『So Obvious』
4……「Cute Is What We Aim For」-『Hollywood』
それでは、今日もいい音楽と出会えますように。小説とは関係ない話題でスミマセン。
評価、感想は作者の栄養になります。