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第三十二話・「調教してあげないと」

「エド・エラルレンデをご存じですか?」

「誰それ」


 うるわが自ら断った言葉を紡いでいく。


「ゴミのようにうち捨てられていた私を雇ってくれた人、メイドとして育ててくれた人、エリスを守るための力をくれた人です」


 うるわの言葉づかいが、敬語や丁寧語が入り交じった所々乱暴なものなのは、きっとそいつの教育が戦闘講習に偏っていたからだろう。


「そして、エリスの父君であり、エラルレンデ家の先代当主の御名でもあります」

「いろんな肩書きを持ってるのね、たくさんありすぎて肩が凝りそう」


 お前の肩書きも色々あるぞ。馬鹿者、未熟者、非才者、半端者……ありすぎて気が重いぞ。


「エド様は、名家エラルレンデにあって一番の勇猛果敢な方でした。長きにわたって国を二分してきた名家という重圧を跳ね返し、さらに高みへと押し上げることの出来る類い希なる存在感を持った方です」


 そうか、思い出した。俺がかつてエリスの元を訪れた際、一度だけ食事を共にしたことがあった。高級なワインをまるでビールのように一気に飲み干していた。無精ひげに厚い胸板は、名家と言うには首をひねるものであったので姿を良く覚えている。

 エリスの中にこの男の血が流れているとは、到底思えなかった。


「事実、長きにわたって国を二分し、覇権を争っていたアイアンサイド家を打ち倒し、国を統一するまでに至ったのです。エド様は獅子奮迅の御活躍でした。しかし、今となってみれば、それが諸刃の剣となってしまったのです」


 動いた空気が落ち着きを取り戻し、静謐さを重ねていく。


「私達の敵、【ハンド・オブ・ブラッド】は、かつてアイアンサイド家に遣えていた私兵団の残党……彼らが形を変えた姿です。遣えていた主が死に、アイアンサイド家が滅びてからも、今なお彼らは、剣を置くことをしません。一度かみついたら二度とは離さない狂犬のように」

「ふーん、主人には忠犬、敵には狂犬……とんだ犬っころね。そういう駄犬は、かみつかないように調教してあげないと」


 鼻息荒く腕を組むキズナに、うるわは心のこもっていない一定の声調で応える。あらかじめ書かれていた台本を読み上げるように、朗読のスピードはよどみがない。


「【ハンド・オブ・ブラッド】は、エド様が率いた一個師団をもってしても壊滅に追い込めませんでした。撃退こそしましたが、撃滅とはいかなかったのです。そして、彼らはアイアンサイド家滅亡を機に、国中に身を隠しました。もちろん、エド様も彼らの力を存じていましたから、国中に兵を派遣し、根絶に力を尽くしました。……が、それには至らなかった。【ハンド・オブ・ブラッド】と名を変え、復讐の機会をうかがっていたのです」


 まるで庭の雑草取りだな。

 生えている草の部分を切り払っても、根っこの部分が残っていれば、また葉は生えてくる。エド・エラルレンデは正しい。根絶できねば、国にとっての目の上のたんこぶとなりうるばかりか、のど元に突きつけられた刃にもなりかねないのだ。


「結果は言わずもがな。現実が全てを体現しています。現在、我が国は無政府状態。内紛が絶えず、毎日路上に死体がうち捨てられる悪辣な国と成り下がりました。エリスが安心して暮らせる状態では到底ありません。……それもこれも、【ハンド・オブ・ブラッド】がエド様を暗殺したのが発端。その後、国の混乱を顧みず、エラルレンデ家だけでなく、議員や、閣僚、その家族すら皆殺しに……」


 窓枠が風にがたがたと揺れる。


「……奴らはエラルレンデ家の全てを焼き払った。全てを」


 奥歯をかみしめる。そのあまりの強さに、奥歯が削れてしまうのではないかと心配になってしまうほどだった。


「全てじゃないでしょ」


 深刻そうな素振りも見せず、キズナが口を挟む。話の中身からは想像もできない飄々さ加減だ。キズナはうるわの鼻先を指差す。


「エリスがいる。うるわもいる、全てじゃない」


 うるわは突きつけられた指先を、より目になって見つめていた。


(揚げ足をとるな、阿呆。真面目にやれ)

「エリスがいらっしゃいますですし、うるわもいらっしゃいますですから、全てじゃありませんですわよ?」


 そっちの真面目ではない。


「……言葉遣いがなっていませんね、キズナ」

「素材はいいんだけど、あいにく教えられている師匠の出来が悪くて」


 こいつ、言うに事欠きながら、なお自分を棚上げするとはなんたる非礼、けしからん。


「言葉遣いは悪いですが、その通りです。エリスはエラルレンデ家の最後の希望。ですから私は、エリスを最後まで守り抜く。私の命を救っていただいたエド様のご恩に報いるためにも、エリスの信頼に応えるためにも、私は命を尽くさなければならないのです」


 抑揚のないフラットな声だが、瞳に宿る炎は静かに燃えていた。俺がその温度に驚いていると、ドアの向こうで廊下のきしむ音がした。

 振り返るまでもなく、それが誰であるかをうるわが告げていた。


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