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第三話・「高いのに」

「あ〜……良い感じに、いらついてきたわ」


 膝に血がにじんでいるのを見たキズナは、より一層怒りのボルテージを上げていく。

 女のヒステリーは嫌いだ。何をしでかすか分からない。


「食べ物の恨みは恐ろしいのよ」


 そう言えば、このいさかいのきっかけはそれだったな。忘れていたぞ。首を左右に曲げてパキポキと鳴らすキズナの仕草は、とても女の子の仕草には思えない。


「それに」


 制服の胸元をつまんでぼやく。


「あーあ……制服、汚れちゃった」


 だったら日頃から着るな、とは口が裂けても言えない。


「高いのに」


 オーダーメイドだからな。


「高いのに!」


 わざわざ二回言うほどのことか?

 生ける屍のようにゆらりゆらりと男に近寄っていくキズナ。

 そのあまりの無防備さをやけっぱちと見たのか、男は残りの魔力を拳に収束させ、接近戦の構え。とどめは直接手で下そうという算段らしい。

 戦いぶりを少しだけ見た感じでは、男はなかなかの手練れだ。とどめをさそうとする行為にも手を抜いていない。

 敵が一人、かつ女であろうと全力でしとめる。

 その気概が男に見て取れた。敵対するには嫌な傾向だ。さらに後ろには細身の男も控えている。おそらく二人とも実力者だろう。


「キース、ここは俺がやろう。お前は奴等を追ってくれ。あの状態では遠くへは行けないだろうからな」


「了解だ。アルフ、奴はあの【恩寵者】だ、しくじるなよ? うちのボスは怒ると怖いんだ」

「言われずとも分かっている」


 キースと呼ばれた細身の男が、ここは任せるとばかりに軽妙に肩を叩いて、背中を向けて去っていく。一人残った筋骨隆々の男――アルフは、大きく肺の空気を入れ換えて集中力を高める。


「女、お前が【恩寵者】であるならば手加減は無用、全力で行かせてもらうぞ」


 アルフの足が魔力によって補助されている。加えて拳にも同等の魔力。足首と拳の周囲を輝く文字列が踊っている。


「加速。強打」


 聞こえたアルフのつぶやきは二つ。つまりは、単詠唱魔法を同時に二つ。


「クリーニング代、高くつくわよ」

「キズナよ、食べ物の恨みはどうした?」

「それはもう一人の奴で晴らすわ」


 鋭い視線をアルフに向ける。それを火ぶたとして、地面を蹴るアルフ。地面を蹴る直前に、魔力がアルフのスピードをアシストした。魔力を風に変換したらしい。アルフの靴の裏から吹き上がるように風が吹いたかと思うと、急接近してくる。蹴った地面はくぼみ、いびつな靴跡を残す。一呼吸の間もおかずにキズナの目の前まで切迫。魔力の込められた必殺の拳を振り抜く。避けることが出来ずに、拳はキズナの顔面を直撃。

 キズナは脳天を砕かれて即死する。

 排除完了。

 ……それが男の描いたシナリオだろう。

 だが、残念ながらシナリオは編集長によって却下される。

 編集長はもちろん。


「残念でした」


 キズナ。馬鹿だが、一応自慢の弟子だ。


「私の相手じゃなかったみたいね」


 驚愕に目を見開くアルフ。

 確かに殴りつけたはずのキズナの顔面。

 しかし、キズナはそこにはおらず、アルフはキズナに耳元でささやかれていた。

 背には戦慄が駆け抜けたはずだ。

 一度は下したと思えた弱者が、絶対的な捕食者へと変貌したのだから。

 アルフは恐怖を振り払うようにキズナに裏拳を見舞う。

 風の魔力まとった強力な裏拳。触れればコンクリートすら難なく破壊することのできる鉄の拳。それをキズナは容易に受け止めて見せた。魔力をまとわないキズナの手のひらは、渦巻く魔力に削り取られて裂傷を負っている。

 痛みさえも忘れたか、キズナよ。

 ……いかんな、アドレナリンがあふれ出しているぞ。


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