第二十八話・「パンツが見えてる」
キズナの力を試す。うるわはそう言った。
だが、そんな最初の断りなど、どこかへ行ってしまったようだった。ただただ、必死にもがき苦しんでいるように見えた。
自分を取り巻く暗澹とした感情を払拭するために。
「エリスを奴等から守るためには、強くなければいけないのです!」
先の見えない困難な現状を打破するために。
「力及ばなくとも、私がエリスを守らなくてはいけないのです!」
停滞する暗雲を振り払うために。
「エリスの前では強くなければいけない! 弱さを見せるわけにはいけないのです!」
拳を振り抜いているように見えた。
「だから、私は弱さなど認めるわけには――」
「みせたっていいじゃない」
拳を、蹴りを、ひじを、膝を、身体の隅々までを使った激しい連撃を。
うるわを賭したあらゆる攻撃を、キズナを拒絶しようとする全ての攻撃を、この馬鹿弟子ははあえて受け止めた。魔力の補助がなければ全身の骨が砕け散ってもおかしくない状況で、キズナは確信に満ちたようにうるわに切迫する。馬鹿正直に、あえてうるわに見せつけるように踏み出す。
キズナの行動に呆然としたのか、言葉に呆然としたのかは分からないが、うるわの攻撃がぴたりと止る。
「教えてあげるわよ、アンタの弱さ」
その声は友人の肩に手を置くような気軽さ。
うるわの背後に回り込むと、キズナは抱きしめるようにお腹に手を回して、そのまま大胆に抱え上げた。うるわが暴れるのも構わず、強引に、高々と持ち上げる。
お、おい、まさか、アレをやるつもりじゃあるまいな!
「どおおおりゃああああぁっ!」
天地が逆さまになる。
目が回る。
うるわを背後から抱え上げたまま、キズナが身体を思いっきり反らせる。キズナから溢れ出ていた魔力が気合いと共に周囲にほとばしった。
青白い燐光が破裂する。
泥の中に自らの頭をつっこませるのも厭わない。高角度から、うるわの後頭部を真っ逆さまに地面へと叩き付ける。
ずどん。
……という身も凍るような音と共に、海老反りになったキズナがうるわを容赦なく地面へ叩き付けていた。
たたきつけられたうるわはぴくりとも動かない。天にお尻を突き出すだらしない姿で気を失っているようだった。キズナがホールドをとくと、うるわは死んだようにぐったりと身を横たえる。
テンカウントでも取ってやろうか?
「ふぅ……終わったわね。疲れる戦いだったわ」
顎をしたたる汗を拭う。決まり手は、キズナ式高々度ジャーマンスープレックス。
危険度の高い、キズナお得意の投げ技だった。馬鹿弟子よ、一体どこからこんな技を覚えてくるのだ。お前は技の百貨店か。
「あれ、リニオ? どこに行ったの?」
胸ポケットをのぞき込み、俺を捜すキズナ。
「俺はここだ、浅学者め」
俺は頭から泥の中にずっぽりとはまって身動きが取れずにいた。うるわを持ち上げて地面に叩き付ける際、その激突の力で俺は胸ポケットの外に放り出されてしまっている。
目下の最優先課題は、胸ポケットにも安全ベルトをつけることだ。
これだけは絶対に譲れない。
「お前に教えておいてやる。まず前提として、物体の運動には、作用反作用というものがあってだな、二つの物体が互いに力を及ぼし合う時には、これらの力は常に大きさが等しく、向きが反対であることが……」
「あ、うるわのパンツが見えてる、へー、この子こんなに大胆なものを履くんだ。意外ね」
「反対であることが……反対で……反対であることが……あることが……反対で……」
「ふふ、リニオ、気を取られるのもいいけど、話を進んでないわよ?」
「うぐ……」
俺からの位置では確認できない、無念だ。
「私はキズナほど大胆なものを履いてはいません」
「うわっ! な、何よ、気がついてたの?」
無様な格好で気を失っていたうるわが、キズナの背後に立っていた。何事もなかったように、と形容してやりたいところだが、足下がふらふらとしていて身体の軸が落ち着かないようだ。ダメージが深刻なくせに虚勢を張るとは、誰かさんと同じく強情の固まりのようだ。
「のぞかれるよりはマシですから」
虚勢は張れてもメイド服の汚れだけはどうにも出来ない。全身を泥に汚されっぱなしだ。
ふむ、見目麗しい女が泥に全身を汚されるというのは、見方によってはなかなかいいな。綺麗なもの、高貴なものほど汚したくなるという趣向が世はあるらしいが、分かる気がするぞ。
「それに二度寝するにも、ここは寝心地が悪すぎます」
「泥のように眠らせるとか豪語していたのが嘘のようね」
「皮肉が効いていたでしょう?」
広がるぬかるみに目を馳せる。
雨上がりの公園は泥だらけで、地面にはキズナとうるわが踏み荒らした惨状がありありと残っている。
公園の中心に鎮座していた巨木は根本から折れ、ブランコを下敷きにして倒れてしまっている。公園で遊ぶ子供達の悲しむ姿が目に浮かんだ。
「合格です」
「お眼鏡にかなったようでなにより」
やれやれといった仕草で肩をすくめるキズナ。