第二十四話・「ちょっと楽しい……っ!」
ざわめきに変わった木々の声。
風で揺れているのではない。まるでうるわから発せられる鬼気に身震いするように身体を揺らしているようだった。
あちこちに現れている水たまりに、広がっていく波紋。
うるわを中心にして拡散していく緊張。錯覚に過ぎないのかも知れないが、うるわから放たれる圧力はそう思わせるに足る力を秘めていた。
公園の空気が明らかに変わり始める。
「リニオ!」
分かっている分かっている。勝手にしろ。
胸ポケットに素早く入り込む。
その行方を見守る猶予も与えられず、うるわの身体は一呼吸で最接近。
キズナの頬に一筋の線を刻み込む。
「本性を現わしたわね、似非メイド!」
傷つけられたことに気がついた血が、タイムラグを経てにじみ、キズナの頬を垂れていく。
「本性? 私は隠していたつもりはありませんが」
メイドの言葉は剣の切っ先の如く鋭い。打ち出される言葉もそれ相応の鋭さを持つ。アパートに囲まれた雨上がりの公園で、拳をぶつけ合う女二人。場所が場所だけにただの喧嘩のように見える知れないが、打ち合わせる拳の一つ一つは明らかに相手を戦闘不能に陥らせようとする力を有している。子供の喧嘩と言うにはほど遠い。
うるわがステップを踏み、キズナとの間合いを計る。対するキズナはそんな間合いなど気にもせずに、スピードにものを言わせて突っかかっていく。水たまりを蹴って飛び上がれば、鉄板の入ったブーツでソバットを見舞う。狙うはうるわの顔面だ。泥が飛び散って木にぶつかる音は、うるわにかわされた証拠。着地の衝撃はぬかるんだ泥にすべて吸収されない。
「ととっ!」
着地してからもずるずると滑ってしまう。
勢いをつけすぎだ馬鹿者。
うるわはキズナの向こう見ずな攻撃とは対照的に、細かいステップでキズナの周囲を回りながら、拳を打ち込んでくる。背後から打ち込まれた攻撃をかわすキズナの野性的な勘もたいした物だが、それがいつまで続くかははなはだ問題ではある。俺がキズナの動きに危惧していると、危惧通りにぬかるみに足を取られたキズナが、簡単にうるわの接近を許してしまう。
キズナの頭が素早く抱えられと思ったときには、すでにうるわの膝蹴りを腹部にもらってしまっていた。細身の身体だが、打ち込まれた膝の重さは強大。身体のきしむ音とともにキズナの身体がわずかに浮き上がる。
追撃の膝をもらう前に、キズナがうるわの膝を両手で押しとどめて制する。うるわは膝には固執しなかった。抱え込んだ頭を離すと、ぐるりと身体を一回転。低い体勢から、キズナに足払いを加える。
哀れキズナはバランスを崩し、無防備な身体をさらしてしまう。しまったと口走ろうとした口が代わって放ったのは、苦悶の声。
うるわの攻撃に泥の上をごろごろと二度三度転がるが、うるわの追撃を予期して素早く身体を跳ね上がらせる。
起き上がるときのキズナは笑っていた。
痛みを受けて笑うとは、さすがの変態ぶりだな。
「やばいわね、うるわってば強いじゃない」
服を泥で汚したキズナが、頬から流れ出した血を手の甲で拭う。
「だから、ちょっと楽しい……っ!」
手の甲は転んだ拍子で泥にまみれている。
お前の頬は、まるで画家のパレットのようだな。血と泥が混じり合って汚らしい色合いだ。
興味を持って下さった方、読んでくださった方、ありがとうございます。
今回も個人的なことを書きますので、面倒臭い方は読み飛ばしてくださって結構です。私が小説の賞に応募するようになってからは、本当に書きたいものというのをどこか封印するようになりました。自分の本当に書きたいものを書いて受賞できたら、これほど幸せなことはないのではないでしょうか。ちなみに私の書きたいものは、エロティック、グロテスク、アクション、ゾンビ、ツンデレ、といったものです。萌えゾンビ……そんなジャンルを確立するのが密かな夢であったりします。今回書いているのは、その中でもアクション、ツンデレ、に属していると思われます。書きたいもの半分、ウケ狙い半分。そんな配分で小説を書くことが本当にいいのかと自問自答しつつ本当に書きたいものを書くために今後も頑張っていこうと思います。
ではでは、評価、感想、作者の栄養になります。