第二十三話・「寿司がオススメよ」
「どうやら先を越されたようです。さすがペット、餌をくれる主人を見つけるのは用意というわけですか。飼い慣らされているというか、生存本能には忠実というか、感心します」
「そういうアンタは、主人を放り出してどういう風の吹き回しよ。私にでも飼われる気になったとか? もし飼われるんだったら、もう少し口の利き方には気をつけたほうがいいわね」
「冗談にしてはたちが悪いですね。私をその実験動物と一緒にしないで下さい」
俺だってお前となぞ一緒にされたくないが。というか、お前達二人は少し俺に対する扱い方を心得ろ。エリスを見習え。何度も言うようだが、俺がその気になれば、お前達など一瞬でこてんぱんに出来るのだぞ。ま、心深き寛大な俺だからこそ、その気にならないでいられるのだがな。
……。
う、嘘じゃないからな。
「で? 用件を言いなさいよ。コイツの悪口を言うためにわざわざこんな所まで私を追いかけてきたってわけでもないんでしょ」
「そうですね。では、単刀直入に言わせてもらいます。エリスを守るために力を貸しなさい。もちろん、それ相応の対価も約束しましょう」
アパートの隙間を抜ける風が、公園の中に流れ込んでくる。ざわざわと揺れる木々が風にあおられて身に纏った雫を落としていくのは、水分を払いのける犬のようだ。
「命令形っていうのは気にくわないけど、そこを折れるのが大人の対応ってやつだし」
座っていたブランコに勢いをつけて、飛び出すように立ち上がる。スカートのお尻をぱんぱんと叩いて、汚れを落とす。
「ったく、最初からそう言えばいいのよ。主人の手を煩わせるなんて、なんてメイドかしら。エリスにとっては、飼い犬に手を噛まれないだけマシって感じね」
肩をすくめて、ため息一つ。
お前のそういう仕草だけは、本当に堂に入っているな。
「そうと決まったら、早速腹ごしらえが必要かしら。いい加減、お腹と背中がくっつきそう」
腹ごしらえという言葉づかいは、女としてどうかと思うぞ。
「ふふふ……糸目をつけずに食べ尽くしてやるわ。肉ね、肉」
まず、よだれをふけ。話はそれからにしろ。
「待ちなさい、キズナ」
うるわの横を通り過ぎるキズナを止める声。
「なによ、肉は嫌なの? だったら、倭国料理でもいいわよ?」
「腹ごしらえもいいでしょう。私も賛成です。エリスも倭国料理には興味があるようですし、反対する理由は皆無です。しかし、その前に確かめなくてはいけないことがあるのです」
「確かめ……ああ、倭国料理だったら、寿司がオススメよ。お酢のきいたご飯の上に、魚の身をのせて食べる倭国独特の料理。見た目はまぁ、大陸の人間にはあれだけど、なかなかいけるのよ? 好き嫌いばっかりしていたら大きくなれないわよ」
自分を省みろと言うツッコミはこの際なしだ。
蛇足だが、寿司は俺も好きだ。ひまわり寿司なんてものがあれば最高なのだがな。
さわさわと木々がささやき始める。
「確かめたいのはあなたの力です、キズナ」