第二十一話・「上手いことを言ったつもりかぁっ!」
「馬鹿弟子め、どこへ行った?」
イライラしながら雨上がりの裏路地を駆け抜ける。腐臭漂うゴミ箱の裏を警戒しながらなのは、もちろん我が天敵の魔の手から少しでも逃れるためだ。あいつらはいつでもどこでも獲物を狙ってくる。それも執拗に。
俺は水たまりを避けて隠密行動を心掛ける。
人間だった頃は怖いものなしで大手を振って日向を歩けたというのに……この姿になって天敵が出来てしまったのは救えないところだな。
ため息を路地裏に残しながら、走っていると。
(おっと、ゴミ箱をあさっているブチ猫を発見。この距離ならば……よし、やり過ごせるだろう。そっと、そ~っとだ……)
「まったく、ろくなものがないニャ、世知辛い世の中になったもんだニャ」
おい、馬鹿猫、簡単にあきらめるな。もっとゴミ箱と戯れていろ。世知辛いとか言わずに、ゴミ箱にその凶悪な顔をつっこんで隅々までなめるように探すがいい。さてはお前は人間に食べ物をねだるゆとり世代の猫だな。
これだから最近の猫は困る。
「あきらめて婆さんの家に行くかニャ」
やばい、こっちを振り返るぞ。早くここを立ち去らないと。早く早く早く……。
「んにゃ?」
目が合う。
「絶好の散歩日和でいらっしゃいますね。これはこれはブチ柄の素晴らしく艶のいいこと。おおっと、もうこんな時間です」
腕時計のない手首を見てわざとらしく驚いてみせる。
「それでは小生は用事がありますので、この辺でおいとまさせていただきます」
「これはこれは、ごていねいにどうもニャ」
俺が頭を下げると、猫も頭を下げてすれ違う。
「…………ところでニャ」
歩幅を早める俺。止まれない。止ったら終わりだ。
「どこに行くニャ、もうちょっとゆっくりしていくといいニャ」
背中にぞくりとしたものが駆け抜ける。振り返りたくない。振り返りたくない。
「先程も申し上げました通り、ある場所に用事があると」
「どこの場所ニャ?」
「ええっと、そこの角を曲がってすぐそこの場所で……二丁目だったか、三丁目だったか」
「お前の行き先なら知ってるニャン」
恐怖に負けて肩越しに振り返ってみる。
「ち、ちなみにどこでございましょう?」
「お前の用事があるのは……地獄の一丁目だニャ」
「上手いことを言ったつもりかぁっ!」
号砲共に逃走開始。死にものぐるいのデッドレース。見つかってしまえばもう、なりふり構ってはいられない。あえて賑やかな大通りに出て、人々の足下を駆け抜ける。足下を器用に抜けていく俺と猫を見て、人々は驚きの声を上げる。
そこのけそこのけリニオが通るぞ!