第二十話・「せめて夢の中では」
『病気は私をベッドの上に縛り付ける。外で遊ぶことも、学校に通うことも出来ない。たとえ通うことが出来たとしても、言葉を話すことが出来ない私に誰が話しかけるだろう。身体の弱い私を誰が遊びに誘うだろう。きっと誰もいない。……皆がうらやましい。当たり前のものを当たり前に持っている皆が。私には足りないものが多すぎる。何で普通になれないのだろう。私だけ普通に生まれることが出来なかったのだろう。普通を望むことががそんなに贅沢なことなの?』
つぶらで透き通ったエリスの目をのぞき込む。色のない翠玉のような美しい瞳は、雨が止んで間もない空と同様に、灰色に曇っていた。
『使用人達が私の見えないところで私をどのように見ているか知ってしまった。会話のやりとりが遅々として成立しない私を疎ましく思っていること。私が紙を渡そうとしても気がついてくれないときがあって、それは無視されているということ。私だけがその事実に気がつけなかったという馬鹿さ加減に、私自身笑ってしまう』
確かに、エリスの瞳は美しい。昔のままの輝きを持っているようにさえ見える。
しかし、なぜこうも不安に駆られてしまうのだろうか。
『私は【恩寵者】になんて生まれたくなかった。【恩寵者】でなければ、少なくとも特別視されることなんて無かった。でも、私は病気のせいで魔法一つすら使えない。魔法の使えない【恩寵者】……それなら魔力なんてあってもなくても一緒』
そうだ。瞳の奥に秘める黒は、まるで積乱雲の中にとどろく雷鳴、穏やかな海の底で渦巻く海流のような……混沌を秘めている。
『普通の人間なら致死の病気でも、【恩寵者】であるが故にかろうじて生きながらえている。今日、ある言葉を聞いた。今の私を一番的確に表している言葉だった。……生きながらに死んでいるような人間。まさにその通りだと思った。私は特別なんかじゃない。普通の人間でもない。それ以下の価値のない人間』
エリスが窓の外に視線を傾け、表情を隠すように顔をうつむかせる。
……雨は止んでなどいなかった。
身につけたくて身につけたわけではないが、身体が人でなくなった俺だからこそ見える角度というものが存在する。人間相手では隠すことが出来ても、ハムスター相手には隠せない角度というものが存在する。
瞳を閉ざして顔をうつむかせれば確かに雨は見えなくなる。見られなくなる。
だが、まつげの下では光り輝く大粒の雫は、俺の立つ位置からははっきりと見ることが出来た。顔をうつむかせても見えてしまうのだ。この俺には。
(お前とこうしてまた会えたことは、運命なのかもしれんな、エリス)
……そう、雨は降り始めたばかり。
俺はせめてもの慰めに、空いているエリスの手に自分の小さな手を重ねる。俺の行為に応えるように、儚い笑みを作ると、飽くことなくエリスは俺を愛撫し続けようとする。
気丈な姿は主たる矜持だろうか。エリスは目元を拭うと、日記をパタンと閉じた。喜びも悲しみも封印するように日記をしっかりと抱きしめて目をつぶる。
深い呼吸をし、エリスは眠りに落ちていった。
「せめて夢の中では、エリスの涙を拭ってやれるとよいのだが」
眠りに落ちたエリスのまぶたの中に光るものを見つけ、俺は知らずそうつぶやいていた。
興味を持って下さった方、読んでくださった方、ありがとうございます。
劇場版『カイジ』を観てざわざわしてきました。今後の小説の糧にしようと思います。……どこを糧にするのかは……正直よく分かりません(笑)
ではでは、評価、感想、栄養になります。