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第二話・「冗談よ、冗談」

 身体の一部分がきゅっと引き締まるような錯覚を感じる俺をよそに、衝撃波は舞い上がったキズナの視界の下を一過していった。三角飛びの要領で空中に身を投げ出したキズナは、黒いレザージャケットの男にひじうちを落とすべく、さらに逆側の壁を蹴る。男は空中に身を投げ出している時点で、キズナの二手先をよんでいたようだ。

 余裕を持ったバックステップでキズナと距離をとると、冷静にキズナの着地際を狙う。それでなくても狭い高架線下。選択肢は限られる。

 男の予想通りならば、キズナに次はないだろう。

 だが、キズナとて素人ではない。そのぐらいはお見通しだ。


「…………ミス……った……?」


 ……お見通しだよな?


「おい、キズナ、ちゃんと分かっているんだろうな?」


 男の狙いを分かっている弟子想いの俺は、キズナに注意を促してやった。


「何を?」


 分かってないのかっ!?


「冗談よ、冗談」

「本当だろうな?」

「冗談よ、冗談」


 ……おい、冗談にしなくていいところまで冗談にするな。

 俺達の会話に、怪訝そうに眉毛をたわめる男が見えた。

 それはそうだろう。命のやりとりをしているのに、こんなお気楽な会話をされたらたまったものではない。ま、それも俺達にはいつものことだ。脱力感が身体に与える効果というのは、存外に大きい。緊張は身体を硬くし動きを鈍らせる。リラックスこそが最高の戦闘態勢と言っても過言ではないだろう。まぁ、キズナに至ってはそんなことを考えてもいないだろうが。


「……それはそうと」


 キズナ、着地態勢。

 男の拳に再度、魔力がみなぎる。

 おそらくはさっきと同等か、それ以上の魔法を放とうとしていることが分かる。

 すでに魔法が言語となって男の拳の周りを覆っている。準備は万端というところか。


「――キズナ、力を貸そうか?」

「ふん、こっちからお断りっ!」


 数瞬の間に、男が一言だけつぶやいた。それが魔法を発動するキーとなる。

 古来から、魔法は詠唱を必要とした。

 それは今でも変わらない。

 ……が、変わるものもある。


「古より胎動する風の精霊よ――」


 魔法を使用するには、精霊の力を借りるとか、契約するとか何とか、それなりの手順を踏まなければ体に宿る魔力を放出、あるいは具現化できなかった。

 例えるならば、そうだな……今まさにキズナが実演してくれるだろう。


「――我が盟約に従いその力を眼前にて示せ!」


 キズナ、着地。

 男はすでに魔法を放っている。たなびく黒いレザージャケット、ウォレットチェーン。

 一方、キズナはまだ詠唱をすませていない。

 路地裏を荒れ狂う熱波。空間ごと歪ませるような強力な魔力の放出。

 外壁が剥がれ、鉄筋があらわになり、竜巻に巻き込まれるように波動に吸収されていく。男はニヤリと口元をつり上げた。我が身の勝利を確信したのだろう。

 おいおい、さすがに危ないんじゃないのか?


「風、変換、壁、顕現!」


 着地したままの態勢で、詠唱を終えるキズナ。

 一メートルにまで迫った衝撃波が、キズナを呑み込んでいく。青い文字列が慌てふためくようにキズナを覆い始めた。体内から具現化された魔力が、ぎりぎりのところで衝撃波から身を守っていく。

 ……だが、いかんせん魔力の絶対量が違った。

 余裕を持ってため込んだ男の魔力と、キズナの急造魔力。勝敗は火を見るより明らかだった。

 ガラスが破れるような音を伴って、青白い魔法の障壁が崩壊する。なすすべのないキズナの身体が、路地裏を吹き飛んでいった。


「青白い……魔力だと? お前もか……!」


 男の驚愕のつぶやきはキズナには聞こえない。

 キズナの小柄な体が高架線下を滑っていき、ごろごろと転がる。

 ……ふむ、無様なものだ。

 どうやら先端を行く単詠唱魔法と、時代後れの詠唱魔法の差がはっきりと出てしまったようだな。俺はうつぶせに転がっているキズナと、勝利に浸る男の顔を交互に見比べながら、ため息をつく。理屈は、簡単なのだ。


 ――人類の科学が進歩するように、魔法も進化する。


 魔法だっていつまでも唱えるものであるはずがない。

 魔法は、詠唱すればその詠唱の文言でどんな魔法か相手に想像されてしまう。

 第一に、詠唱に時間がかかるようでは、魔法としては一流でも、武器として三流だ。


 覚悟しなさいよねっ! 私はこれから、アンタを剣で右横から斬りつけてやるんだからっ! じゃあ、きっかり二秒後に行くわよ!(当社比二倍表現)


 ……そんなことを言って敵に向かっていく人間がどこにいるだろうか。そんなことをするのは、よほどの馬鹿か、よほどの自信家か、今ここで転がっている不肖の弟子くらいのものだろう。キズナは前者にも後者にも当てはまっているから、それこそ手に負えないのだが。

 多少話はそれたが、魔法はそういった詠唱と時間の二つのデメリットを背負っていた。それこそ時間をただただ無駄に費やすだけの歴史を重ねてきた。

 だが、近代魔法として大成された単詠唱魔法は、それらを同時に解消させてみせた。男がキズナの詠唱手段とは違い、魔法の詠唱をたった一言で済ませてしまったのにはそれなりの理由があるのだ。

 詠唱を脳内で行い、さらにそれをショートカットとしてある言葉に置き換えておくこと。

 例えるならば、逆引きの辞書の関係に近い。

 キヌゲネズミ科キヌゲネズミ類の総称。体長十五センチメートルほど。毛は絹毛状。顔が丸く、頬袋をもつ。背は明るい赤褐色。現在世界中で飼われているものは、すべて倭国で捕獲されたものから増殖された。実験動物、愛玩用。

 ……以上を一言で言うならば、ハムスター、である。

 つまりショートカットとは、魔法をいち早く発動するために、一連の詠唱を一つの言葉として取り決めてしまうことだ。言葉遊びに近いが、簡単に説明するのならば、今のが一番分かってもらえるように思う。

 魔法学に賢しい方なら、ここで一つの疑問が発生するはずだ。

 単詠唱と言うが、やはり最低限言葉を発しなければいけないじゃないか、と。

 実は現在……おっと、悠長に説明している場合ではないな。ご静聴ありがたいが、説明は追々していくとしよう。


「寝心地はどうだ?」


 キズナの顔をのぞき見ると、キズナが口に入った砂を吐き出しているところだった。おい、つばを吐きかけるな、汚いじゃないか。


「ふふ……最高よ。もう少し寝ていたいぐらい。ベッドはアスファルト……硬いし、冷たいし、何より口の中がしゃりしゃりするし。最高……ふふ、最高……」


 怒りに声が震えている。キズナ、強がると余計空しいぞ。


「おまけに生ゴミ臭いしな」


 キズナの前であからさまに鼻をつまんでやった。そんな俺の仕草にキズナは唇を噛む。キズナの悔しがる顔が俺の嗜虐心を呼び覚ます。


「おい、生ゴミ女、助けが欲しいか?」

「うるっさいわねっ!」


 歯ぎしりするキズナの叫びに先んじて、拳が飛んできた。俺は間一髪でそれを避ける。

 言葉より手が先か、なんと短絡的な。


「ふむ……分かった」


 俺は納得し、キズナの腰にぶら下がっているヒップバックにちらりと目をやる。


「じゃ、手をださない代わりにあとで例のものをくれ。俺はもうどうなっても知らんぞ」


 キズナの額に青筋が浮かぶのを見て、俺は引っ込む。触らぬ神……いや、馬鹿にたたりなし、だ。

 まぁ、キズナにその気がなければ、どうせ俺は手を出せないしな。


「分かってるわよ! アンタはそこで黙ってなさい!」


 どうやら感情がキズナの堪忍袋の緒を断ち切ってしまったようだ。

 こうなってはもう手が付けられない。

 キズナは身体の反動を利用して跳ね起きると、短かすぎるミニスカートの裾を乱暴に払う。揺れるミニスカートからは、黒い下着が見え隠れしていた。

 ……相変わらず黒が好きな奴だ。黒はもっと大人びた女性が着てこそ、色気が出るというのに。お前みたいなお子様は、水玉模様か、クマさんパッチが分相応というものだ。そもそも姿は女学生と変わらない制服姿……ま、対魔法用の特殊な繊維で編まれてはいるから、一概に制服とは言えないのだが。加え、胸は発展途上にしろ、成長限界にしろ、一見して分からないほどしかない。まるでイチゴのないショートケーキ。やはり胸は大きいに限る。大は小を兼ねるものだからな。


「……黙れと言ったはずだけど?」

「おっと、失礼」


 慌てて口にチャックする。いけない口だな、うん。


興味を持って下さった方、読んでくださった方、ありがとうございます。この小説の文章構成は以下のようになっております。

地の文と会話文の間には改行を一つ多めに入れております。これは携帯でも読みやすいようにと考慮した結果です。なので、会話文と地の文が交互に繰り返される部分では、縦読みでは少々見苦しくなる恐れがあります。ご了承いただけると嬉しいです。

それでは、評価・感想はもれなく作者の栄養になります。

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