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第十九話・「別名、夜の女王」

『明日は、先生がこの町を去る日。そして、今日は私が先生と会える最後の日。なのに、私は発作でベッドから出られなかった。でも……でも、面会謝絶なのに先生はこっそり会いに来てくれた。苦しみの中、汗や涙を拭ってくれ、最後に優しく微笑んでくれた。先生に気持ちを伝えたい。でも、痛くて、苦しくてさようならの文字も書けない。……自分が大嫌い』


 満開の桜が舞ったかと思えば、生い茂った山々に雄大な緑。

 紅葉が並木道に降り注げば、積もった雪の重さに耐えきれず苦しそうに身を揺する梢……。

 春夏秋冬と喜怒哀楽が一緒くたになったように、俺はエリスの一つ一つに感じ入っていた。


『倭国と大陸同盟が開戦したと新聞に書いてあった。先生はきっと無事だよね。誰よりも素敵で強い先生だから、きっと大丈夫。先生もきっと倭国で頑張っているはず。だから私も頑張る。先生の名前……リニオ――その名前をいつか呼べるように』


 無事と言われれば無事かもしれんが、お前の大好きなリニオはこんな姿になってしまったのだ。誰よりも素敵で強いところは相変わらずなので安心していいぞ、エリス。可愛いも追加されて、今の俺は鬼に金棒だ。


『戦争が終わったらしい。倭国が鎖国を決めてしまった。大陸と倭国間の渡航は絶望的。もう先生に会えない。身体が苦しい。今日は、これ以上なにも書きたくない』


 エリスの日記に書かれたこぢんまりとした文字をエリスと共に目でなぞっていく。


『自暴自棄になって、うるわと喧嘩した。うるわを一方的に傷つけた。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……私は私が本当に嫌い』


 日によって変わる筆圧や文字の揺れ、語彙の強さ、かすれたり、しみこみふやけた文字さえも、エリスの記憶の一つ一つを克明に記憶している。


『うるわに謝った。後にも先にもうるわの泣きそうな顔を見たのはこれが初めて。私に傷つけられたことよりも、私に許されたことに涙するうるわが大切に思える。駄目なのは私なのに。思わず私は泣いてしまった。なんだかすごく恥ずかしい』


 ぺらりぺらりとページをめくる度、涼しい風を俺に届けてくる。ページの端々からは乾燥した本独特の香りがし、時々重なるようにしてエリスの香りが流れてくる。

 色気はないが、ゆったりと鼻腔を満たしていく優美な香りだ。吸い込んでいることで安らぎを得るような、大きな優しさに抱かれているような温かい気持ちになる。将来いい母になる匂いだ。


『今日は、身体の調子が良かったので、日の傾き始めた夕暮れに、うるわと屋敷の庭を散歩した。夕暮れの少しひんやりとした微風が気持ちいい。ふと、庭園を横切るとむんとした香りが私の鼻先をかすめる。うるわに香りのことを聞いたら、その花は月下美人のせいと教えてくれた。月下美人。とても美しい名前の花。別名、夜の女王と言うみたい。どうして夜なの、と私がうるわに尋ねると、うるわは私の頭を撫でながら優しくこう答えてくれた。月下美人は夏の夜、純白大輪の美しく香りのよい花を咲かせるけれど、その花は四時間程でしぼんでしまう……と』


 他方、餓鬼のくせに大の大人の脳さえとろかせるような、どこぞの馬鹿弟子の濃密で少々淫靡な香りも悪くはない。匂いに不慣れな童貞は骨の髄まで落ちてしまうだろうし、望む人には大いに望まれるだろうが……あ、いや、フォローしたわけではないぞ。決してフォローしたわけではないのだぞ。

 まぁ、一応言っておけば奴の匂いは将来いい毒婦になる匂いだ。

 そういう意味でも末恐ろしい奴。


『月下美人とは、なんて儚い花なのだろう。夏の夜ほんの少しの時間だけしか輝くことが出来ない。誰が見てくれるわけでもなく、ひっそりと咲く花。……私も一瞬でもいい、この世に生まれてきたことを誇りたい。ひっそりでもいいから誰よりも美しく輝きたい。この病気に負けてしまう前に。この世から命が消えてしまう前に。たった一度でいいから』


 ページをめくるエリスの手が震え始めていた。


興味を持って下さった方、読んでくださった方、ありがとうございます。

大型で強い台風18号が一過しました。大型で強い台風18号のせいで、通勤や通学に支障を来した方もたくさんいると思います。私の住んでいるところでも大型で強い台風18号は猛威を振い、大型で強い台風18号が去ったあとも、大型で強い台風18号の爪痕がそこかしこに見られました。大型で強い台風18号、困ったものですね。またいつか大型で強い台風18号のような大型で強い台風が来たりするのでしょうか。

評価、感想は作者の栄養になります。


……大型で強い台風18号、ニュースで決まり文句のように繰り返されちゃフレーズが耳に焼き付き、面白くて仕方がない今日この頃です(笑)

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